KYRIE Ⅰ ~儚く美しい聖なる時代~
第1章 邂逅~sione1~
かつて榛統也は自分の街の手に負えない不良少年達のリーダーだった。
190cmを超える大柄な体躯と時としてしなやかで獰猛な肉食の獣を連想させるような動作は上級生達からも恐れられていたし少女達は大体が遠巻きにして見ているだけだったが、その彼がひどく心を奪われていた少年が一人いた。
いや、正確にはそれは少年のふりをした少女だったのだが。
キリエと名乗るその少年はまるで性など持たないような無機質な美貌と怜悧な頭脳を併せ持つ存在だった。細くて長い手足と亜麻色の髪は異国の少年を思わせ、肌は日の光など無関係であるかのように白く透き通っていた。いつも小さな銀色の十字架を無造作に首にかけており、少年の神秘的な雰囲気を一層際立たせていた。しかし少年は、その稀有な容姿とは裏腹に冷酷で抜け目がなく、統也を筆頭とする不良少年達の内部を掻き混ぜ翻弄して行った。美しい少年が実はある恐ろしい秘密を抱えており、その隠蔽の為に統也達を利用するつもりなのだと気付く者は誰一人としていなかった。少年達の中にはキリエに骨抜きにされ天国の様な心持で日々を過ごし、ふいに捨て犬の同然の憂き目を見るものさえいた。
天使のごとき少年が突然現れてからの日々は十代最後の嵐の様だったが、やがてキリエは街で起こった連続殺人事件の犯人として収監され、統也達の前から姿を消した。
少年の姿を借りた少女ーー草影史緒音の生い立ちについて統也が知ったのは後の事だった。
父親が著名なピアニストであること、義理の兄に憎まれていたこと、その義兄が彼女に対して仕組んだ復讐計画が事件の発端だったこと、そして、義兄を含む三人の男達を殺したこと。
全ては怒涛の様に統也達を巻き込んでやがて消えていった。少年だと思っていたキリエは少女に戻り去って行き、狂乱の様に世間を騒がせた事件はやがて表面上は皆から忘れ去られた。
唯一人、榛統也をのぞいて。
作品名:KYRIE Ⅰ ~儚く美しい聖なる時代~ 作家名:リンドウノミチヤ