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(続)湯西川にて 16~20

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(続)湯西川にて (18)波打ち際の露天風呂

 
 本館の廊下が終わると、日本庭園を越えていく長い渡り廊下が現れます。
庭園の先からは、岩礁に砕ける波の音が聞こえてきます。
夕刻真近の少し湿り気をふくんだ潮風が、二人のあるく渡り廊下を
横切っていきます。

 離れは2間の続きで、小じんまりとした内風呂が設置されています。
部屋の障子をすべて開け放つと、目の前には岩礁ばかりの波打ち際が広がり、
黒く横たわる大海原の先には、かすかに小島の影などが、
夕景の中にうっすらと見ることができます。


 「まもなく日暮れになります。
 波打ち際の露天風呂からは、大海原へ沈む夕日が絶景だそうです。
 そういえば・・・・久し振りの温泉ですね。 
 長い病院暮らしのあなたには」

 二人分の浴衣を手にした清子が、もう一度俊彦へ肩を貸します。
波打ち際に建てられている露天風呂へは、渡り廊下の途中から
日本庭園へ降りていきます。
庭園へ下る手すりには、露天風呂への道順をしめす看板が置かれています。
すでに「貸し切り中」と意味する赤い札なども下がっています。


 潮の香りが一段と濃厚になり、足元の岩礁で波が砕け始める場所まで出ると
ぐるりと周囲をひのきの壁で覆われた東屋風の建物が、
二人の前に出現をしました。
入口になっている格子戸を開け、ひのきの床に一歩を踏み込んだ清子が、
思わず、小さな声で歓声をあげます。
床面と同じ高さを持つ浴槽からは、豊かなお湯が海に向かって溢れ、
その先にある広く開け放たれた空間には、房総の海が
独り占め状態で広がっています。



 「あらぁ。文字通り・・・・絶景が独り占めです。
 いいえ、あなたが居るから、二人きりと表現をするのが正解かしら。
 ほうら、見て。すぐそこまで・・・・足元まで波が来ているもの!」

 ひのきの浴槽の最前列まで足を運んだ清子が、
足元の波打ち際を覗き込んでまた、ウキウキと嬉しそうに歓声を
あげています。


 「あら、どうしたの? 入らないの。あなたは」


 振り返った清子の目が、早く服を脱いでくださいと俊彦をせかします。
再び背なかを向けた清子が、今度は陽の落ちていく西の方角を
見つめ始めます。 
水平線まであとわずかという所まで落ちてきた夕日は、
最後のひと時を惜しむかようにオレンジ色の光をこれでもかとばかりに、
いっせいに輝いて、西の空の一帯と海を夕暮れの色に染めはじめています。
落日の景観を思う充分に堪能した清子が、ゆっくりと湯船のほうを
振り返ります。
洗い場では、俊彦が、白い背中を見せていました。



 「背中を流しましょう。少し待ってくださいな」

 
 俊彦の背後で、清子が浴衣を脱いでいる気配が聞こえます。
するりとほどけた清子の帯は、ひのきの床で軽やかに絹の音を鳴らします。
ほどなくしてから、素足の清子が俊彦の背中へやってきました。
「熱くはないかしら」と手桶の湯加減を見ている清子は、
白い肌着のようなものを、身につけています。


 「長じゅばん・・・・?」


 「いいえ。素肌に直接着るもので、これは肌じゅばんです。
 長襦袢に汗や汚れがつかないように保護するためで、
 これは上半身用の肌着です。
 下半身用はまた別にありまして、そちらは裾よけと呼びます。
 こちらも長襦袢の下に着用して、長襦袢や着物の裾が汚れたり、
 いたまないようにするために便利です。
 今は、肌襦袢と裾よけが一緒になっているワンピース型もあります。
 なによ、あなたのその目は。
 あなたのご期待を、見事に外してしまったのかしら。
 ねぇ・・・・うふふ」


 何も言わずに、俊彦はうつむいています。
タオルを手にした清子も、無言のまま石鹸をたっぷりと含ませています。
湯船からお湯があふれる音だけの、短い沈黙の時間だけが過ぎていきます。
俊彦の背中へ、清子の優しい手が伸びてきます。
たっぷりと泡を含んだタオルが、静かに俊彦の背中で上下に動き始めます。

(やっぱり、すこし痩せみたいだわ。
 一体何が有ったんだろう、この3か月に)

 背中を洗い終え、石鹸をお湯で洗い流した清子が
俊彦の背中から離れます。


 「あとはご自分で、洗ってくださいね。
 私も入りますので、少しの間だけ、背中を向けていてください。
 もういまさら、・・・・この身体は、
 お見せするほどの歳でもありませんし、
 自信を持って、見てもらえるほどの歳でもありませんから」

 背後で肌じゅばんを脱いだ清子が、ちゃぽんと、
小さなお湯の音をたてます。
生まれたままの清子が、さざ波をひきながらひのきの浴槽の中を
洛陽が見える波打ち際までゆっくりと歩いていくのが、
はっきりと水音だけで解ります。


 「う~ん、とっても、いい気持ち」

 肩だけを残して、清子がゆったりとお湯につかります。
洗い場でそのままの俊彦が手持無沙汰風に、ようやく清子を振り返ります。
その俊彦の視線を、清子は、先ほどから(見透かしたように)
待ちかまえていました。
「いらっしゃい」と、うながすように小首をかしげています。


 「ちょうど、日没になりました。
 山も、海も、空も、すべてが夕焼けの茜色に染まっています。
 一人占めで見るのでは、この景色に、申しわけがありません」
 

 俊彦が浴槽に腰をおろしたまま、途方に暮れたような顔を見せています。
パシャリとお湯の音がして、小さな飛沫が俊彦を襲います。

 「・・・ほらっ」

 もう一度、小さな飛沫が、夕暮れの空へ向かって飛んでいきます。
夕暮れの空へ向かって大きく飛びだしたお湯の飛沫が、オレンジ色の結晶に変わり、キラキラと一瞬の間だけ輝いて、やがて波打ち際の波の
しぶきの中へ落ちていきます。
お湯から上半身だけを露わにした清子が、湯船から乗り出します。
波打ち際の手すりの上に白いしなやかな両腕が乗り、清子の白い背中が
オレンジ色の景色の中に、くっきりと浮かび上がります。


 「見ないでね。
 これでも精一杯に、恥ずかしがっているんだから・・・・」


 空と海がオレンジ色の一色に染まります。
浴槽のお湯も同じようにオレンジ色に染まり、ほのかに湯気を含み水滴が輝く清子の背中もやがて同じようにオレンジ色に染まっていきます。