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架空植物園

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別れは解放草



その蔓性の植物は、先端近くに黄色がかった白い花を咲かせていた。等間隔に並んでいる大豆くらいの小さい花は幼稚園児の行列をみているようで、微笑ましくもある。オレは《別れは開放草》と呼ばれる意味は知識としては知ってはいたが、自分が選ばれるとは思ってもいなかった。だからそっと出した手首に、その蔓が巻き付いてきた時には(ああ、選ばれたのかな?)と思いながら、何をしていいか分からずただ蔓がゆっくり動くのを見ていた。

蔓は目立たないが幾つもの節に別れているようだ。手首を一周した蔓が、これで役目は終わりという感じで切れた。おそらくその節と節の連結していたカギが外れるのだろう。オレの手首には花の飾りが残った。この晴れがましい気分は咲子のことを思い出させる。

     *     *     *

咲子が途中入社で社長がオレたちに紹介された時、小さな会社ではあったが独身の男は10人以上いた筈だった。その男たちの大部分が咲子に興味を抱いただろうと思う。一目惚れの者もいたかもしれない。オレもその中の一人だ。やや細身の身体だがその割には大きめのお尻、小さな整った顔。

その咲子が仕事で困った顔をしていた時、さりげなく教えてあげたのだが、そのお礼の笑顔がとても印象深く残った。その笑顔を見られる、それだけで会社に行くのが嬉しくなる。そんな数日だった。その咲子から一緒に映画に行きませんかと誘われた時には、何かの間違いではないかと思ったくらいだった。

会社の昼休み、仕事を終えたあと、咲子は自由時間になるといつもオレの傍にいるようになった。もちろんオレの住む綺麗とは言い難いアパートにも来た。街中を歩いている時にも咲子に視線を向ける者がいることを感じていた。オレは芸能人を恋人にしているような晴れがましい気分になった。そんなある日、
「来ちゃった」
咲子が身の回りの物を持ってやって来て、オレたちは同棲を始めたのだった。

     *     *     *

腕飾りをつけたままの毎日は神経を使った。寝ている時、風呂に入る時、何とかやって行けそうだ。だが丈夫そうな花とはいえ、通勤のラッシュには耐えられない。花の咲いている時期は数日な筈だが、実がつき育つまではどのくらいかかるのか分からなかった。幸いに使わずに残っていた会社の有給休暇をとって1週間のんびり過ごすことにした。街へ行っても公園に行っても腕輪は目立った。それは選ばれた者としての自尊心をくすぐる。不自由な中で、それなりかそれ以上の満足感を得た。

朝目覚めると散った花の数が増えて行くという日が続いた。そして3日で花が無くなった。祭りのあとの寂しさのようなものがやってきている。しかし、オレはそんなことを忘れるような苦痛とも快感ともいえる感覚に襲われた。蔓の腕輪の内側から棘のようなものが出ている。まるであの頃の咲子のように……。

     *     *     *

咲子との生活は楽しかった。どこに行くのも一緒だった。相変わらず咲子は綺麗でひとめを惹く。だから会社で嫌がらせもあるのだろう。少しずつ笑顔が減っていった。そしてオレが他の女子社員と仕事以外の話をすることを禁じた。それは構わなかった。咲子以外に興味を抱く女性はいなかったから。

咲子の嫉妬は次第に度を増していった。いわゆる男のつきあいともいえる飲み会にも参加出来ない。
オレはテレビに映るアイドル、いわゆる巨乳タレントと言われる女の子の必要以上に開いた胸元に目がいっていた。名前だって知らなかったし、嫌らしい考えとかいうものの無い、男の本能として目が行ってしまうという感じであるのだが、咲子はオレの表情を見ていたようで、いきなり手にしていた週刊誌でオレの頭を叩いた。
「なんだよ、オレよだれでも流れてたかい?」
と、冗談で終わらせるつもりだったのに、咲子はいきなりテレビの電源を切ってしまった。
咲子の表情は冗談ではない感じがする。
オレは自分の怒りを持てあまして黙って外に出る為に玄関に向かった。
「行かないで!」
咲子の言葉は、安っぽいドラマのセリフのように聞こえた。
振り返って見た咲子の顔は出会った時には見せなかった悲しく、頼りない表情に見えた。

作品名:架空植物園 作家名:伊達梁川