架空植物園
おっぱいの木
ボクの中学生になって初めての夏休みが始まった。近所に住む同じクラスのトシ君が朝早く遊びの誘いに来た。学校の時は遅刻の多いトシ君だが、休みの日になると朝早く目覚めるようだ。ボクはまだ暑さでよく眠れずぼーっとした状態だったのだが、トシ君が内緒話のようにボクの耳のそばで「おっぱいを採りに行こうぜ」と言ったので、一気に目覚めた感じだった。
トシ君のいうおっぱいは、皆が《スイカの木》と呼んでいる木で、椰子の木のように大きな葉が上の方に集まっていて、その下に小玉スイカに似た実が二つ付く。それを男の子は《おっぱいの木》と呼んでいる。親たちは普段から《スイカの木》に近づいたら駄目だ! と何度も言っている。昔、ある子どもが木によじ登り中程で落下してきた実が頭に当たり、弾みでその子も地面に落ちて大けがをしたということだった。スイカよりは皮が固く、真下で当たったら死んでしまうかもしれないと親たちは念を押していた。
だからトシ君は親には川で沢ガニを獲りに行くと言って出てきたようだ。「大丈夫?」とボクは自分の頭を指さしてトシ君に聞いて見た。
「これがあれば大丈夫さ」とトシ君は手にしていた野球のヘルメットを被ってみせた。そして「ほら、もう一個ある」とボクに差しだした。ボクは台所にいる母に「トシ君と川に行ってくるよ」と言ってすぐに歩き出した。さすがに暑いのでヘルメットは被らない。《おっぱいの木》のある所は、川を渡って山道を10分ほど歩いた所にある。川と言っても溺れるような深さは無く、沢だった。
沢で少し手足を水につけた。冷たい水が少しぼーっとした頭をしゃきっとさせ、《おっぱいの木》に向かう。やがて見えてきたそれは5、6本の木があって、色づいた実の木とまだ青い実の木もあった。《スイカの木》という割には実に縞模様は無かった。丁度2本の木の実だけ熟した色をしている。そのおっぱいの実は黄色と桃色の混じった色をしていて、ボクは少しドキドキしてきた。
「オレあの大きい方にする」
トシ君は、もう走り出しそうだった。
「ヘルメット!」
ボクが叫んで、トシ君は振り返り少し照れたように笑って、ヘルメットを被った。ボクもヘルメット被る。
《おっぱいの木》の下に立って上を見上げる。思っていたよりも高いし、幹は足場になる枝が無いし、滑りそうだった。
「あ、こまった!」
もう途中まで登りかけていたトシ君が大きな声を出した。
「何、どうしたの?」
「あのさ、おっぱい採ったとしてもそれを手にして降りるのは無理かもしれない」
「あ、そうか。何かに入れて降ろすとかかぁ」
トシ君が木から降りて「うーん、作戦会議だな」と言った。
作戦会議の結果、それぞれ別の木に登るのではなく、協力しあうということにした。まず、ボクがTシャツを脱いで袖と袖を固く結んだ。袋状になったそれの裾の部分をトシ君が自分のベルトにくくりつけた。これで採ったおっぱいを袋状のTシャツに入れ、両手を使って降りることができる。
トシ君は勉強の成績は悪いけれど運動は得意だった。たぶんボクなら途中で一休みしないと辿り着かないだろうおっぱいの所まで一気に登って行った。
「ひょうー」
トシ君が奇声をあげる。
「ああ、いい触り心地だ」
トシ君は少しいやらしい感じでおっぱいを撫でている。
「落とさないようになぁ」
ボクは少し羨ましい気持ちで声をかけた。降りてくればボクも触れると自分に言い聞かせながら。
「どうする、2つとっちゃう?」
トシ君は1個をTシャツの袋に入れたあと聞いてきた。
「入るの?」
「ああ、大丈夫そうだよ」
「じゃあ、2つ。おっぱいが1つだけってのも変だから」
ボクの言葉にトシ君が大声で笑った。おっぱいが身体の真ん中に1つだけという女性を想像したに違いない。