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架空植物園

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久しぶりの山は気持ちが良かった。歩いているのはなだらかな尾根であり、息もきれていない。気温も天候も申し分無かった。新緑が目に優しい。用事があるからとしぶっていた妹ヨーコも、予定を変更して来てくれた。兄が何かを買ってあげるという条件を出したらしい。兄も相当笑い蕨に入れ込んでいるようだった。やはり男兄弟二人よりも、女性が入ることで会話が自然につながって行く。蕨が生えている辺りに着くまでに笑いがおきて、ああ、もったいないなどとオレは思ってしまった。

やがて兄が目星をつけておいた場所に着いた。そこは適当に日光もあたり、丈の長い草が枯れて日陰も作っている通風もよい場所であった。ヨーコはすでに蕨を見つけて採っている。辺りの目につく限り普通の蕨のようだった。笑い蕨は普通の蕨の茎があって、てっぺんにカスタネット状の分厚い葉があって、人間の笑い声に反応してカタカタ鳴るという。なぜか人目に付かない場所に生えるんだと兄は何度も言っていた。

兄がヨーコに向かって言葉をかけた。
「ヨーコはなあ。小さい頃にオフクロの弟さん、喜一叔父さんが好きでなあ。というかからかっていたなあ」
「ええっ、覚えてないよう」
「そうか、お前は頭悪かったからなあ」
私は、兄の意図を知って笑った。しかし、笑い蕨の笑い声は聞こえない。
「お兄ちゃん、からかうために私を誘ったの?」
妹は半分笑っていたが、半分は怒っているようだった。兄が話を続けた。
「あ、ごめんよ。叔父さんはなぁ、その頃にはもう見事に頭が禿げていてなあ。ヨーコは面白がって【おおだてやまのはげ山ぁ】といいながら叔父さんの頭を撫でていたんだよ」
「え??っ、はははははっははは。わたしがぁ? そういえば少し記憶があるぅ」
ヨーコは大声で笑った。オレも、その話は知らなかったので大声で笑った。

兄は、笑わずに耳を澄ましている。聞こえた。オレは少し離れた場所でクククククというつい漏れてしまったというような押し殺した笑い声を聞いた。兄がその笑い声のほうに歩き出した。オレも続いた。妹はまだ笑いを引きずったまま後に続いた。

木イチゴの群生に囲まれた中に丈の長い雑草の枯れ草があり、そこから笑い蕨が生えていた。木イチゴは白い花を咲かせていたが、木のトゲはまるで笑い蕨をガードしているようでもあり、兄は躊躇している様子だった。妹がその花をみて「奇麗な花ねえ、私みたい」と言ったので、思わずオレは笑ってしまった。笑い蕨がつられて笑った。
クククククク。
「なあに、お兄ちゃん変な笑い方をして」
妹は、笑い蕨のことは知らないようだった。

木イチゴの灌木越しに見えた笑い蕨はオレ達と同じ数、3本だけだった。辺りをくまなく探せばもっと見つかるかも知れないが、27年という長い間に環境が変わってしまい、個体数が激減しているのかもしれない。

兄をオレを見て軽く頷いた。そっとしておこうという意味だろうと、オレも頷き返した。兄は「あっちの方が蕨が多かったな」と言いながら場所を移動した。それから3人で普通の蕨を採った。相変わらず妹のヨーコは喋り続けていた。

笑い蕨は採れなかったけれど、3人で笑いあいながら普通の蕨を採り、オレは笑い蕨に負けないだろうと思える至福感を味わった気がした。


おしまい

作品名:架空植物園 作家名:伊達梁川