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架空植物園

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 もう何があっても驚かないぞと思いながらも、階段があるのには驚いた。巨大な樹と云えども削っていいのだろうかなどと考えながら、二階に上ったと思える頃に階段は終わった。 音楽がすぐ近くで聞こえる。楽隊の方を見る前に、ベンチに座った中年の二人連れが目に入った。夫婦であろう雰囲気で二人は音楽に聴き入っている。ベンチは数本伸びている枝の下にあって、上には陽に照らされた大きな花が透けて見えた。音楽のじゃまをしないように、私は二人に無言で軽く頭を下げる。

 二人が微笑みながら同じように頭を下げた。この人達を知っている……そう頭に浮かんだが、どこかで曖昧なままでいいんだよという声が聞こえた気がした。二人が一人分移動してベンチに座るような仕草をした。私はそこに座り、隣に座っている女性の顔をちらっと見た。もう二人は楽隊の方を向いている。

 ヴァイオリン、フルート、アコーディンの三人とも女性だった。姉妹かもしれない三人のうちフルートを吹いているのがまだ子供だったが、あとの二人は結婚適齢期と思える若さと美しさがあった。オレンジ色のミニワンピースに白いブーツ。少しだけ見えている素足が眩しい。目の前で少し踊るような動きを見せながらの演奏に、私は身体中を音によって洗い浄められているような感覚に陥っていた。ずうっと演奏する三人の姿を見ていたのだが、目に入る風景の一部が動いていることに気付いた。私は動いているその物の方に視線を向けた。低い位置にある草花が演奏のリズムに合わせて踊っている。私はわくわくした気持ちで音楽を聴きながら草花の踊りを見る。
 曲が終わって隣の二人が拍手をした。私も拍手をした。三人がお辞儀をしてから互いに目で合図をして次の曲が始まった。音が身体に染み込んで行く感じがして、鼻の奥のほうからかすかに甘さをともなったような感覚が外に出ようとしている。少しためらったが、私はその感覚に身を任せた。目の前がぼやけてきた。温かい水の中にいるような気分のままの私を音楽がやさしく揺り動かしているようだ。


―ピチュ、ピピ、チュチュチュ、ピピッ―
 どこかで鳥の鳴き声が聞こえる。昼寝から起きたような気分で、私はまわりを見回した。ベンチの隣には誰もいなかった。楽隊も消えていた。夢? いや、夢にしてはリアルで長い。二人連れの顔、楽隊の姉妹の顔ともに知っていたような気がしていたが、思い起こそうとすると、それはいかにも曖昧で私は次第に自信を無くしてしまった。
 まがりくねった道は続いている。その先には何があるのだろう。私は立ちあがって歩き出した。まだ頭の中で音楽を思い起こしているのか、音楽が鳴っている。


作品名:架空植物園 作家名:伊達梁川