架空植物園
灯りの樹
ハイキングの途中、私は道に迷ってしまい、焦りのあまり急斜面を滑落してしまった。数回、木に掴まろうとしたが勢いを止められなかった……というかすかな記憶が頭にあったが、身体はなんともないし、もうそんなことはどうでもいいことだという思いが強い。修理からかえってきた頭をとりつけたような、少し違和感のある感じのまま、何かに導かれるように眼の前の道をためらいもなく歩いた。
トンネル状になっている灌木の中を数分歩いて、抜けたら急に視界が開けた。そこには湿原と森があった。その風景を見た一瞬、自分が小人になってしまったかと思うほどスケールが大きい、見たこともない風景があった。
最初それは橋かと思って歩いていたのだが、それは奇妙に曲がりくねっていたし、ばかでかい蛇の化石にも見えた。端に木があって花が咲いていた。その根元を見ると橋かと思っていたものはばかでかい木であって、花の咲いている木はその巨大な樹から出た細い枝だったのだ。細いといっても、幹の太さに対してであって、たぶん直径は二十センチはある普通の木に見える。そういえば古い桜の幹からひょろっと枝が出ていて、花が一輪咲いているのを見たことがある。そんな感じなのだろう。まったくスケールが違うのであるが……。その花もまた大きくて、すごいなーと、言葉が出て、あとはただため息をつくしかない。傘だ、いやパラソルのイメージだった。蓮の花に似た花が、高さ四メートルくらいの所に咲いていた。赤と白の花が数個開いている。その花は見事なグラデーションになっていて、見飽きない。まさに春という少し靄がかかったような陽の光が、ゆったりとした思いにさせてくれる。どこか懐かしい匂いを、はて何の匂いだったけなぁと思い出してみるのだが、特定は出来なかった。
もう緩やかな坂道といっていいだろう巨大な樹の上を歩く、私の好奇心は樹の終端はどうなっているのだろうということだったが、それ以前に次々に予想外の事柄が目に入ってくる。なんと二股に分かれた中央にドアがあるではないか。もう好奇心の塊になった私はドアを叩く。
コンコン!
扉は乾いた音をたてて鳴ったが、物音はしない。どこか遠くでヴァイオリンを弾いているような音がする。耳を澄ませるが、扉の中ではなさそうだ。私は音のする方に向かい歩き出した。笛の音も聞こえた。そしてアコーディンの音も聞こえる。その曲もどこか懐かしく目が潤んできた。引っぱられるように私は歩く。所々にある凹みに腐葉土でも貯まったのだろう、そこにタンポポのような花が咲いていた。その花もまた向日葵の花のように大きいのだ。