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架空植物園

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抱擁の木



秘境と呼ばれる温泉地。といっても温泉宿は無い。なにしろ最後の交通機関を降りてから3時間山道を歩かなければならなかった。それも最後の30分間は沢歩きだ。その沢は冷たい水の所と温かい水の場所があって、時に湯気が立っている場所もあった。物好きな誰かが石を集めて作ったのだろう小さい露天風呂があった。ここまではテレビで見たとおりだった。かなり疲れていたのだけれど、オレは自分自身で石を集め自作の露天風呂を作りたくて、さらに上流に向かった。

特に温泉マニアでは無かったオレが、何故苦労してこんな場所に来る気になったのか。接客業という日頃のストレスを発散したかったこともあるだろう。自分の性格からは職人のほうが向いているだろうけど、もう物作りはロボットがやる時代になった。パソコンに向かって経理業務も向いていない。得意先を回る営業やセールスマンもむいていない。何より選んで職業にありつける時代ではなくなっている。その職業に対する自信の無さからか、積極的に結婚相手を探そうとする意欲もなくなっていた。そんな自分が前向きになれる何かきっかけが欲しかったという気持ちもある。


やがて温泉より興味のある場所があるのを見つけた。大昔に地震か何かで出来たのであろう窪地が熱帯植物園のようになっている。標高が高い割に地熱と温泉によって年中温かい環境にあるのだろう。すぐ近くが川なのだからもちろん水分の補給は十分な筈だ。

ここに来る途中も人に会わなかったし、この窪地熱帯植物園にも誰もいなかった。蔦状の植物に紅白の小さな花が咲いているのが見えた。やたら葉の大きい植物は直立して葉を伸ばし、地面の小さな植物は地を這うように葉を広げている。色々な植物が近隣と高度も譲り合い、太陽の光を受け止めている。その中で一際目立つ植物が1本あった。以前温室で見た熱帯植物に似ていた。あれは多年草だが木のように大きくなる。でもこれはそれ以上に巨大だった。丈は幹が太い割にはそれほど高くはない。ずんぐりとした椰子の木と言ったほうがわかりやすいだろう。変わっているのは幹の途中に2本のしなやかな枝が伸びていることだった。

花は咲いていないようだったが、木全体から匂いが漂っている。甘い香りではなく、化粧品のような匂いでもなく、少し嫌悪感が混じったような、それでいて懐かしい匂いがした。甘い匂いはいずれマヒしてしまうか飽きてしまうが、この匂いは癖になって離れられなくなりそうな予感もした。オレはその匂いに導かれるように近づいていった。

近づくと、幹は滑らかで木とは違う感じがした。試しに指先で少し押してみる。弾力が感じられた。やはり多年草の茎なのだろうか。ならばこの太さだ、水を吸い上げる音が聞こえるかもしれない。オレはその幹に耳を付けてみる。緩やかに流れる沢の水音のような音がした。身体は自然と幹を抱きかかえる格好になり、その感触の良さにオレはしばらくそのままじっとしていた。


作品名:架空植物園 作家名:伊達梁川