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架空植物園

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熟睡はしてなかったのだろう。オレは物音で目が覚めた。人の足音のようだった。身体を起こし音のする方を見ると若く見える女性だった。しかし、その女性はオレがいることでビックリしたのだろう、一瞬動きを止め、木の陰に隠れた。

えっ! オレに危険を感じた? どちらかというと危険な色が無く、物足りないという理由で女に振られた男なのに。オレは、「こんにちは」と言って見た。女性は小さな声で何か言ったようだが、そのあとに沼でしゅるるるーと言う音がしたので聞き取れなかった。

オレは、あっ風船が飛んでいるかもしれないと沼に向きを変えた。沼の中央でしゅるるると音を出しながら風船が飛んだのが見えた。行方は成り行きまかせのように蛇行しながら飛んで落ちた。4、5メートル飛んだだろうか。ひゅるるる! また別の箇所から風船が飛んだ。それは勢いが足りなかったのか、すぐ近くに落ちた。そのあと沼は沈黙している。

いつの間に側に来たのだろう。女性が近くで沼を見ているのに気付いた。といってもその距離は野良猫がいつでも逃げられるような距離をとっているに似ていて、少し微笑ましく少し残念な気もした。

「すごいね、こんなの初めて」
初めて会った女性なににオレは自然に言葉が出ていた。
「わたしは、飛んだのを見たのは初めて」
「えー、じゃあ一度来たことがあるんだ」
その問いには答えず、女性はリュックの上に置いてある野草ハンドブックを見て言った。
「懐かしい本」
えっ、もしかしたら前の持主かもしれないとオレは思った。
「その中にあったメモでオレここに来たのですよ」
「えっ! そのメモって」
「これですけど」
「これわたしが書いたもの、え〜っ、もう7年もたつのに」

女性が少し近づいてきた。その横顔は最初感じていたより若く思えた。ほぼ同じ年齢かもしれない。
「じゃあ最近ここを思い出したわけだ」
「そう ここに来たあと少し経って一緒に来た彼と別れて、思い出すのが辛いのでその本も古本屋に売って、もう絶対ここに来ることはないわと思っていたのに」
「ふーん 辛い恋だったんだ」
女性はが何かを言おうとして止めたまま沈黙した。その沈黙を破るように《風船かしら》が飛んだ。オレは写真を撮ろうと思いたちすぐにシャッターを切ろうとしたが、遅かった。動いているのを撮るのは無理だろう。それよりしっかり肉眼で見ようとした時に数個一緒に飛んだ。オレは自然に「おう!」と声をあげている。空中で乱舞する《風船かしら》。ああ、こんな瞬間を見られるなんて、そして初めてあった女性と二人で見ている。

「疑問だったんですけどね」
オレは沼から女性に顔を向け話し出した。
「風船かしらって疑問形ではなくこの花の名前ですかね」
「ああ、それは彼がつけた名前なんです。これは気に入ってました」
「なるほど、《風船かしら》は女性言葉の疑問形ではなく風船のあたま《風船かしら》なのではないだろうか」
「あらっ そんな風には考えてもみませんでした。そうかも知れないわ」
「でも不思議ですねえ、どうなっているんでしょう」
「きっと咲き終えた花のあとに種が出来、その周りに風船のような薄い膜が出来る。その膜を沼地のガス成分を送り込み膨らますんじゃないかな」
「それがある程度まで来ると一気に」
「そう、下部が一気に裂けてジェット風船のように飛ぶんだよきっと」
「すごいなあ」
女性の表情はとてもいい感じになっていて、オレはもう恋人と一緒にいるような幸せを感じていた。

少し曇ってきて肌寒く感じてきたので、オレ達は一緒に帰ることになった。道々、色々なことを話しあって、オレはもう前からの知り合いのような気分になっていた。別れた彼女とは違うタイプだったが、運命の人に出会った気分にもなっている。

「《風船かしら》も不思議だけど、初めて会った二人がこうやって一緒に歩いているのも不思議だねえ」
鉄道の駅に向かいながらオレが言うと、女性が言った。

「風船かしらで知り合うなんて偶然かしら」





作品名:架空植物園 作家名:伊達梁川