蝉の王
外に出ると太陽の光がひどくまぶしい。こもっていたボクにはきつい日差しだ。だがボクの気持ちにぶれは無かった。今、このときの為にボクはここにいる。
ボクは床屋へ行き髪の毛を切ってもらった。金髪のモヒカンだ。ネイティブアメリカンが戦士に施した闘いのスタイル。鏡の中のボクは髪型が変わっていくにつれ眼に力が帯びてくるのを感じた。そして全ての準備を整え、目的の地へ向かった。制裁をの為に。
向かう先は明の家だ。ボクを穴倉へ6年間閉じ込めた張本人。裏切りと屈辱を味あわせてくれた。あとからあとからボコボコとマグマのように噴出してくるこの憎しみをボクは止めることは出来無い。これが収まるときはボクがなすべきことを実行した後だけという確信があった。
明のウチへ着いた。心臓の鼓動が速くなる。と人がうろうろしているのに気付いた。人がいるのは困る。様子を伺おうと近づこうとする。黒と白の垂れ幕がかかっているのが見える。
「木村 明 葬儀場」 の看板がかかっている。ボクは心の中であっと声をあげた。まさか。
参列者の姿が見える。ボクらくらいの年齢の人の姿は見えない。大人ばかりだ。参列者の人達が外に出てタバコを吸っている。蝉の声に混じり大人たちの話声が耳に入ってくる。
「明君、まだ若いのにな。」
「聞いたか?死因。」
「なんかはっきりしないものの言い方してたな。変な事故か。」
「いや、自殺らしいよ。昨日の朝、部屋で首吊ってたって。」
自殺。その単語だけやけにはっきりとボクの耳に入ってきた。
遠目で伺うと、親戚らしき参列者の人が泣いている。ボクはどうしたらよいか分からず、うだる暑さの中立ちつくした。首をしたたる汗。溶けたアスファルトにコンバットブーツがめり込む。
明が自殺。殺しに行った相手はすでに死んでいる。殺そうと憎み、死を踏みとどまったのは何だったのか。ナイフを懐から取り出し、眺める。太陽に反射して鋭い光を放っている。本当ならこれを明につきたてるはずだった。そしてボクは新しい生き物に羽化するはずだった。それがかなわなくなった。
明は死んだ。しかも自分で逝ってしまった。分からない。分からない。頭が白くなった。ボクはナイフをしまうと葬儀場へ向かった。
中へ入って行くと受付の人が呼びとめる。
「こちらにご記帳を。 」
ボクの耳には入らない。喪服姿の大人達が大勢いる。皆、涙を流す者、沈痛な面持ちで席に座っている者、さまざまだ。式はすでに始まっている。坊主の経が中に流れている。明の両親の姿が見える。記憶の中と違いひどく老けたような印象だ。部屋の中央に明の遺影が飾られている。長髪で笑っている。昔から髪型をいじるのは好きだったが長髪はまったく似合っていない。
遺影の前に棺桶が置いてある。
「明、そこにいるんだな。今行くからな。」ボクはつぶやいた。
ボクは明の棺桶を目指し歩く。周りの視線がこちらに向けられる。ボクはお構いなしに、棺桶までたどり着く。
「何なんだ、あんた。」
明の父親が声を上げる。坊主は経を止める。周囲がざわめき始める。ボクは明の棺の前でひざまづく。
「離れろ!」
明の父親が大声を上げる。明の顔を見る。6年ぶりの見る明。色は白いが今にも動き出しそうだ。ボクは初めて人が死んでるところを見た。ボクは明の顔を触る。まるで氷のようにひどく冷たい。ボクは明に話しかけた。
「明、何でこんな風になっちまったんだ。」
ざわめきが大きくなっていく。蝉の声が葬儀場の中にまで入ってくる。誰かが叫ぶ。
「こいつだろ、明君を殺したのは。」
「明を返せ! 」
「何しに来やがった! 」
ボクは周りの言葉を無視し、明に話うづける。
「ボクはお前を殺しに来たんだぞ。それなのに死んじまってたら意味ないだろ。なあ、明。」
明はぴくりとも動かない。
「目を覚ませよ!明! 」
ボクは明の胸をどんどんと叩く。ひょっとして目を覚ますのではないかと思った。でも無駄だった。その目が開くことはなかった。
「おい、いい加減にしろ! 」
明の父親の怒声が聞こえる。参列者の大人達がボクを取り押さえる。畳に額が擦りつけられる。アーミージャケットがやぶれる。もがき、人の手を必死に振り払う。明の遺体にすがりつく。
「ボクはお前をボクをボクが味わった苦しみを味あわせるつもりだった。でもお前はもうこの世にいない。自分で先に逝っちまうなんて、ボクはボクは、。」
周囲の叫び声と蝉の鳴き声でボクの声はかき消されそうだ。
「どうしたらいいんだ! 」
明は何も答えない。答えてはくれない。それなら答えさせるまでだ。ボクはナイフを取り出す。
「きゃー 」
女性の叫び声が鳴り響く。ボクは両手でつかむと、ナイフを振り上げ、明の顔を見る。両手が震える。その時、明が少しほほえんだように見えた。ボクは自分の太ももにナイフを突き立てた。恐ろしいまでの痛みが全身を貫く。血が顔に飛び散る。明にも飛び散る。血を触る。どろっとした感触とともに感じたことの無い温かみを感じた。明の死体には感じなかったぬくもり。太ももを触る。どくどくと脈打つ。
「うううぁー 」
大声で叫ぶ。叫び声を上げた瞬間鈍い痛みが頭を襲う。何かで殴られた。頭から血が流れ、足元にぽたぽたと落ちる。体中の力が抜け、ひざが落ちる。意識が遠くなる。暗闇が広がる。
ボクは羽化できずにに土の中にまた戻された。
ボクは警察に連れて行かれた。警官に明の自殺の原因もさんざん聞かれた。ナイフを所持していたことも、足のけがのことも。ボクは一言もしゃべらなかった。母親が引き受けにきたがボクは拒絶した。ボクは拘留された。冷たい檻の中。ここがボクの新しい土の中なんだろうか。明はもういない。ボクは新しい生き物に羽化するはずだった。それがかなわなくなった。ボクがすべきことはまた無くなってしまった。同時にボクの生きている意味も無くなった。夜の拘置場はまだ暑い。月が空に高く輝いている。太陽が無いと輝けない月。鉄格子の隙間から流れ星が見えた。3回願いをかけると願いがかなうということを思い出した。ボクの今の願いは何だ。願いなんてあるのか。
次の日、ボクに面会があった。ボクに面会などあるはずも無いが、連れて行かれた。ガラス越しに人と話す殺風景な部屋。部屋で座っていると人が入ってきた。顔を上げるとそこには木下がいた。ひどく痩せている。ボクは思わずあっと声を上げる。なぜ木下が。一瞬息が止まった。まさかこんな形で木下とも再会するとは。言葉が出ない。木下の顔を見ると6年前のダイブの瞬間しか思い出されない。
「ボクと謙吾君だけみたいだね。明君の葬儀に来たのは。」
木下は聞こえるのがやっとの声で話す。ボクは何も答えられずにいた。木下はやせてぎょろっとした目で続ける。
「2―4で明君の葬儀に来たのはボクと謙吾君だけ。」
2―4、思い出したくない集団だ。木下はボクにあの日をフラッシュバックさせたいのか。またボクを追い詰めようとしているのか。木下は携帯を取り出し、いじりはじめた。そして画面をボクに見せる。
「これ、覚えてるよね。謙吾君と明君が始めたサイト。シークレットギグ。ここに明君の最後の書き込みがあるんだ。」