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蝉の王

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ボクは植え込みの木にひっかかって落ちた。医者の話では木がクッションになってくれたそうだ。ひっかかってなかったら間違いなく即死だったそうだ。その話を聞いた時はそのまま死んでしまえればどれだけ楽かとだけ考えた。病室のベッドの天井のしみだけがやたらくっきりとしていた。人の顔のように、クラスのみんなの笑っている顔のように見えた。

ボクは自分の部屋から一歩も出なくなった。まるで土の中にいる蝉の幼虫のみたいだ。じっとしていると蝉の幼虫の気持ちみたいになってくる。カーテンを締め切り、光はパソコンの画面から出てくる光のみ。暗黒のボクの世界。きれい好きだったボクの部屋はゴミがたまり、異臭を放っている。外との接点は唯一、母親が持ってくる食事だけ。お盆に乗った食事。母親が置いてノックするのが合図になった。ノックがあった後、ボクはじっと耳を澄ます。母親が一階へ行ったのを確認し、お盆を部屋の中に入れる。そしてパソコンの画面を見ながら食事をする。一言も発しない。しゃべらないのがこんなに苦痛だとは思いもしなかった。でも外へ出るのはもっと怖い。食事が終わると欲しいもののリストと食器を外に出す。母親がそれを片づけ、欲しいものリストを買い出しに行く。欲しいものの大半はゲームやCDだ。ゲームやCDは話してはくれないが他にすることが無い。ゲームでやるのは主に、バトルゲームだ。自分のレベルをとことん上げて敵をボコボコにやっつける。それだけだ。他になにも意味はない。CDはボクが見ていたアニメの歌が多い。今のアニメは知らない。あれだけ毎日見ていたテレビは見なくなってしまった。笑えないし、ニュースを知っても意味は無いからだ。外に出ようとしたことは何度かあるが、出ようとすると怖くて足が震える。携帯の契約は止めてないが一度も鳴らないし、かけたことも無い。
ボクはクズになってしまった。壊れてしまった。ボクが始めたブログは全然見ていない。見ないようにしていた。ネットで見るのは主に他人のブログだけ。特に引きこもっている人間のものが多い。世の中ボクだけじゃないと思えるのが唯一の救いのくだらない内容のものばかりだ。ボクは自分のことをネットに流したりしない。ボクのことを知ってもらいたいとも思わないし、そんなことをする奴らのことはバカだと思っている。でも見ないと自分の存在の意味も存在していることすら分からなくなってくる。
一日がたつのが早いのか遅いのか分からなくなってきた。曜日の感覚なんてまるで無い。気がつくと寝ていて、気がつくと起きている。  
あの日から6年。ボクは20歳になった。髪は伸ばしたい放題。服は14歳のときのまま。年はとったが、ボクの時間は止まったままだ。何も変わらない。そしてこれからも変わらない。ボクは段々怖くなってきた。いつまでこんな時間が続くんだ。これから先、10年か20年か。どうしたらいい。そう思うと、眠れなくなってきた。もう耐えきれない。我慢できない。誰も助けてはくれない。ボクはこの土の中から外に出ることなく羽化も出来ない。
この時間を終わりにさせる方法をボクは思いついた。ボクは椅子を使い、荷造りの紐を天井の梁からかけた。ここに首を通せば全ては終わる。この苦しみも絶望も消し去ることが出来る。ゲームオーバーだ。準備を整え、ボクは椅子に上がろうとした。
ふと気になり、パソコンの電源を入れた。ボクらが始めたブログを見るためだ。何故そんなものを見ようと思ったかは分からない。絶対に見ないように避けてきたからだ。でも、20歳の誕生日、そしてボクの人生最後の日がボクが生きてきた唯一の証を振り返りさせたくなったかもしれない。もう閉鎖されているかもと思ったがつながった。パスワードを入力する。パスワードは誕生日にしてある。忘れようがないからだ。アップされている最新のものを見てみる。最新といっても一番新しいもので5年前が最新だ。相変わらず、例のイベント関係のものが多い。あらゆる罵詈雑言が並ぶ。ボクがひきこもってることに関しても好き放題な言葉だらけ。ボクの生きてきた証などこんなものだ。ボクは見てしまったことを後悔してそのブログから出ようとした。と、その時、明の名前が出てきたのに気づいた。
「明もえぐいよな。連れに追い込みかけるなんてよ。」
頭がぐらぐらした。そんなことがあるのか。にわかに信じたくなかった。でも片方で間違いないという確信もあった。あの時ボクの手を振り払った明の顔が浮かんだ。あの気まずそうな顔はフェイクか。二人で作った王国を壊したのはお前なのか。裏切り者。裏切り者。裏切り者。そしてボクはその時、全てが氷解した。ボクがここで一人でいる理由を。そしてボクが何をすべきかも。

ボクはその日から特定の種類のサイトだけを見るようになった。人の殺し方という種類のサイトだけだ。世の中には色んな人の殺し方があることを知った。ボクは慎重にサイトを見てどの殺し方が一番相手に苦痛を与えるか考え続けた。この6年で初めて真剣に何かを考えた。安楽死の方法もたくさん載っていた。それではだめだ。生きている内に生きていることを後悔すること、そしてボクが味わった絶望という感触を味あわせたい。他人に頼むサイトもあった。交換殺人というやつだ。それもだめだ。ボク自身の手で果たさなくてはならない。かれこれ一週間ほどサイトを見続けたが、やはりナイフで刺すのがじわりじわりと苦痛が襲ってきてベストだという結論に達した。決まれば、あとは入手するのみ。早速オークションに出ているコンバットナイフとアーミージャケット、コンバットブーツを母親のカードで決済し購入した。驚くほど簡単に入手できた。こうして獲物はそろった。後は実行するだけだ。食事にチキンが出てきた。ボクはコンバットナイフをつきたてた。つきたてたチキンの肉汁がこぼれる。人間の感触はこんな風なんだろうか。その日ボクは一睡も出来なかった。蝉の幼虫だったボクは明日羽化をする。そして大きな声で鳴くことができる。
明。待っていろ。

次の日の朝、もう暑い。久しぶりに天気のサイトを見ると、今年一番の暑さになる可能性を伝えていた。蝉の声が聞こえる。忘れようとしても忘れられない6年前のあの夏の日のようだ。ボクは、何年も着替えていなかったTシャツと短パンを脱ぎ、アーミージャケットに着替える。コンバットナイフをアーミージャケットの内側に隠し、ドアを開ける。食事の出し入れ以外に開けたことの無いドア。6年ぶりの外の空気。一階に下りていくと台所で母親と出くわした。母親はボクの顔を見るなりボクに抱きつき泣き崩れた。
「けんちゃん、けんちゃん・・ 」
抱きつかれても、ボクには何の気持ちもわきあがってこなかった。ボクにはすべきことがある。強い使命感に帯びていた。ボクは今までのボクとは違う。羽化して羽が出来、飛び立てるようになる。新しい生き物になるんだ。体の芯が熱くなっているのが分かる。生きているのか死んでいるのか分からない時間は終わり、新しい世界の始まりを告げた。ボクは母親の手を振りほどき声をかける。
「髪の毛切ってくる。」
「うん・・うん・・ 」
出かけるボクの姿を母親はずっと見送っていた。
作品名:蝉の王 作家名:間 聖人