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心の病に挑みます。

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 雄志は積極的に友人をつくろうと思い切って雑談の輪の中に飛び込んだ。冗談がよく飛び交い、おもしろい話しが多かった。よく笑い、心に満たされるものがあった。雄志は、友人をつくりたい、そう強く願っていた。それはあまりにも孤独な環境に身を置きすぎた反動からくるものであったのかもしれない。孤独地獄から抜け出そうと、もがきにもがいた結果、病にかかった。しかし、これは雄志のその後の人生にとって決定的な意味を持つ病気となるのである。
【病になりて道心は起こり候】
病気になることで、はじめて道を志す。雄志は、はじめこそわからなかったが、その渦中にいることをかろうじて実感することができた。
ともあれ、積極的に自分から声をかけ話の輪の中に飛び込んでいくことだと、授業の休憩時間には、喫煙場所で過ごすことを選んだ。
「雄志は、体調どうなん?」
同期の友人から温かく声をかけられ、
「大丈夫、いい感じやで。」
とやや強がって返事をしてしまうこともあった。
「ほんとうは薬を飲んで、身体がだるいんだ。」
と親友のSに語ることもあった。
「そうか、目がしんどそうやもんな〜。ともかくよく寝ることやで」
Sは雄志と昼食にラーメンを食べながらそうアドバイスした。
「でもな、回復を切に求める俺にとっては、多少のしんどさは全然苦にはならへんねん。むしろ当然と思ってるんや。」
「雄志は前向きやな・・・。そこは俺も見習わないとな!」
Sは雄志の隣に座る学友だった。Sは
「俺も、学生時代はハイになることがあって、裸で走りたい気分になったことがあったで」
「そうなんや。」
と雄志は、自分と似たような感覚に陥ったSの話しを聞き、なぜか安心してしまうのだった。
「僕の場合は、たまたま薬を飲んでなかったりするだけやから、病気と健康はそもそも紙一重の差なのかもしれないね。」
Sはそう言うとタバコを吸い始めた。
「そうなんかな〜。」
雄志もすすめられて、タバコを口に加えた。二人で少しの間、沈黙が続いた。
「あ、もう時間やな。」
雄志と親友Sは腕時計を見て、タバコの火を消すと、あわてて校舎の中へ入り、いつものように席につくのだった。
講義がはじまるとにぎやかな空間がまた静かになっていく。講義、雑談、見学、これの繰り返しが、雄志にとってどれほど精神の滋養となったか、はかりしれない。友人と話すなかで雄志は自分がいかに遊んでいないかということにも気付かされた。そう、頭でっかちで遊ぶ経験、社会経験が足りないのも雄志の一つの特徴だ。
 講義の中で「社会経験が少ない」などといわれると、ズバリと指摘された感じがして恥ずかしくなった。雄志は発病から一年半、まだまだ後遺症が残っていた。緊張感がとれずガチガチに固くなった状態で人と接していたのである。
よく友人の剛から「力を抜いて」とか「リキむな」と言われる。
 しかし、そう言われても逆に力がはいってしまうなど、未だに力の抜き加減がわからず、不必要に固くなりエネルギーを消耗することがある。雄志自身も「しょうがないなぁ」と半ばあきらめていたりするが、自分のことはなかなかわからないものだ。
専門学校からの帰り道に老舗の饅頭屋を見つけた。作りたての饅頭は店頭にならべられており、看板が目に入る場所までくると、できたての匂いがほのかにただよってくる。
普段は饅頭を買わない雄志もこの日は「ま、いいか」と一人でつぶやき、家族の分もあわせて四つほど、大福を購入した。店のおばさんは笑顔で「気ぃつけて帰りや」と手を振って見送ってくれた。
自然体のプロ

「座談会形式で自分の病気を語り合うんです」
紺野先生はそう話をしていた。形式張らずに心を病む人同士がありのままを語れる環境をつくっていく。
これはPSWにとって必要不可欠の実践要素だ。
作業所を見学した後は気分が晴れたが、医療施設となると医者を意識してしまうのか、身構えてガチガチになってしまう雄志がいる。
そんななか、実習の見学先として雄志は富士山病院系列の地域生活支援センター「ピアニッシモ」(仮称)に興味を持った。今年できたばかりの新しい施設である。木製の優しいつくりのドアを開けて入っていった。
「こんにちは」
と中へ入るとまるで、ログハウス仕立てのような居心地のいい空間があらわれたではないか。
 奥へ入るとオープンキッチンがあり、椅子や円テーブルもバランスよく並べられて見た目も心地がいい。
『談話室』『休憩室』などを紹介されたが、ポイントは『休憩室』である。『休憩室』は『(怠けではなく)疲れやすい』特徴をもつ心の病を持つ人に一番配慮してくれる部屋である。これがあると、倒れることを心配せずに、安心して頑張れるのだ。決して怠けているわけではないことを家族の方は理解してほしい。真面目で一生懸命で、不器用ながら考え悩んで頑張ってきた人なのだ。
 雄志は、以前から心の病を持つ人が増えているので社会全体として真摯に受け止め対策を考えないといけないと各党に意見していた。
 しかし根本的には、もっと儲けよう、人を働かせようという、人権を無視した暴君的な存在が会社等で幅を利かせていることに原因がある。阿修羅のように働くのはよいが人に押し付けるなかれ、“私は人より優れている”とか“成果を出している”など、そんな修羅の生命の現れが今日の日本社会を作り出したのである。
勝者のおごり高ぶる陰で一体どれほど無数の人が、家族が悩み苦しんでいることか!人より優れ、勝つのはよいが、傲慢になるな!人を見下すな!トップに立つ人間の振る舞いで未来は決まってゆく。今のままでは人権尊重を謳いながらも人間軽視の世界となってしまいかねない。クイズと料理番組などでテレビの世界はにぎやかであるが、その陰には、いまも悩みの尽きない人はたくさんいる。ほんとうは表に現れない、悩んでいるその人達を応援することに力を注ぐべきである。生命尊厳の世紀へと流れをどんどんと語りことで変えていくのだ。心を変革せよ。気付いた善人は連帯して社会変革へ向け行動せよ。
 負けた人の痛みと屈辱をそのままほったらかしにしてはならない。再び社会で負けないように応援していくのだ。何事も『聴く』ことが大事な時代である。心を病んだ人はどうしょうもない敗北の屈辱感を味わっている。悔しさで煩悶している。社会ではい上がれないもどかしさがある。そんな人を突き放してはならない。人生のしんどさをしっかりと聴くのが精神保健福祉の分野であり仕事である。いや、それはどの分野にも必要なことだ。人には様々な生活歴がありその背景を踏まえるべきだ。
 さて、『休憩室』これがあるだけで、心はほっと休まるのであった。
雄志は、これから出会う人に心の中で敬意を払いながら、どんな人がいるのだろうとわくわくしながらピアニッシモへ入っていったのだった。煙草を吸っている人がいた。どこか疲れ切った感じのする人たちである。雄志は同席して雰囲気になじんでいこうと、静かに椅子に座り一服し始めた。しばらく沈黙の間が続いた。
「はよ就職したいですわぁ」
ポロシャツをきた四十代の男性が同席していたスタッフにぽつりと話し始めた。
「お気持ちはよくわかります。」
スタッフは少しうなずくようにして話しを受け止めた。
作品名:心の病に挑みます。 作家名:大和雄志