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心の病に挑みます。

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雄志はいらいらすると、手で顔をこするくせがあるが、なんとか作業を無難にこなしながら、3ヶ月が過ぎた10月中旬、雄志は池山支援員より面談室に呼ばれた。
「大和さん、今日は実習のお話です。」
と池山支援員は告げると一枚の紙を雄志に見せた。ハローワークの障害者枠の求人票であった。雄志は食い入るようにその求人票を眺めた。食品を扱う会社の経理補助である。
求人票には『簡単な伝票整理・計算あり』と書いてある。雄志は以前勤めていた会社で約半年、経理事務をしており、伝票を見るのは苦でなかった。雄志の少し和らいだ表情を確かめ池山支援員はこう言った。
「今回の実習の目標は『朝遅れずにいく』ことです。資格をとるとか、能力を磨くことではありません。約二ヶ月と短い期間ではありますが、遅刻しないで行くことを目標にしてください。」
雄志の傾向性をよく見抜いた上での適確な目標の設定であると雄志は感じた。
「では来週月曜日、JSC北摂にて待ち合わせしていきましょう。」
そういうと池山は面談室を出ていった。
数日後、雄志は池山支援員と竹田支援員とJSC北摂で待ち合わせ、目的地である『ナコリマ食品』(仮称)に自転車で向かった。
国道172号線を越え、少し北に行くと、中小規模の工場地帯が広がっている。その一画に『ナコリマ食品』がある。中へ入り四階へいくと、一面が事務室になっており、社員たちが忙しそうに働いていた。
雄志は“ああ、こういう事務所で働きたいなぁ”と思った。
あこがれの事務職である。
「このまま就職できたらなぁ」
と、早くも心の中でつぶやいた。やがて事務員に案内され、ソファーに座った。奥から担当の江川課長が雄志たちを迎えてくれた。
「江川です。よろしくお願いします。」
と江川が名刺を取り出すと、池山も竹田も立ち上がり、
「JSC北摂の池山と竹田です。よろしくお願いします。そしてこちらが・・・」
と池山が顔を大和のほうへ向けると
「実習生の大和です。よろしくお願いします」
と雄志は緊張しながらも思い切ってはっきりとした声であいさつした。
雄志は心のなかで“果たして江川課長は精神障がいのある僕を受け入れてくれるのだろうか”と少し不安になったものの、課長の表情がにこやかになっているのを見て安心したのだった。

そして、翌日から実習が始まった・・・
朝が冷え込んでくる季節となった。雄志は上着を羽織って家をでた。
いよいよ企業実習が始まると思うと、胸が高まった。
“朝は遅くても15分前に着くようにしよう”
と決意して、実習先のナコリマフードへ池山支援員と自転車で向かった。
「おはようございます!」
と事務室を見渡しながら挨拶すると、一番近くにいた事務員さんが、
「実習生の大和さんですね、こちらへどうぞ」
と中の方へ案内してくれた。
緊張しながら事務所の中へ入ると、江川課長が笑顔で迎えてくれた。そしてその斜め向かいの社員さんが立ち上がった。
「平川といいます。私が主に大和さんの仕事をみさせて頂きます。」
優しそうな表情の平川に雄志は安心しながら
「よろしくお願いします。」
と挨拶した。
「ではさっそくですが、伝票のチェックをしてもらいたいと思います。」
そういうと平川は、机に厚さ20センチぐらいになっている伝票の束を持ち上げ、雄志が座る机に置いたのであった。
「私も大和さんの横で仕事をみさせていただきます」
と池山はいうと、隣の席に座った。
雄志も指定の席に座り、張り切って伝票を手にとった。
「納品書の数字と、請求書の数字を合わせていってください。終わったら私に声をかけてください」
平川はそういうとパソコンに向かい、キーを叩き始めた。
雄志は、今までの事務の経験から、伝票を整理し、突き合せするのは全く苦ではなかったのだ。
伝票の上の段から一つずつ数字を確認し、電卓を叩いていく。納品書と請求書でずれがあるときは、一旦付箋をはり、別のところによけて置いていった。
1時間30分かけてすべての伝票をチェックすると、社員の平川さんに状況を報告した。
「10月○×日分の この部分の数字が違いますが・・」
と雄志が相談すると、平川は、
「そうですね。確かに違いますね。業者に電話で確認します」
とさっそく受話器を取り、確認をとり始めた。会社の事務所の電話が鳴り止むことはない。
さて、江川課長と他の社員さんは時折雑談していたが、雄志はどのタイミングで会話の中に入ってよいものか、迷って遠慮していた。そんなことが続き、結局、雑談には入れなかった。この雑談に入れないのも雄志の弱点だった。
江川課長は「この人(雄志)はどこに障害があるのか?」わからなかったに違いない。机に向かい黙々と、コツコツ作業する分には全く問題はなかった。しかし、昼食の時間など、雑談の場で、皆の会話に入ることがなぜかできないのであった。体調も問題なく、仕事も安定していたが、社員の人と雑談できないまま二ヶ月が経った。池山支援員と竹田支援員もよく仕事場にきて、雄志の作業を見守ってくれた。そうこうしているうちに、あっというまに実習の契約期間である二ヶ月が経った。
実習最後の日に雄志を囲んで、課長と平川さん、そして支援員の二人が面談の場を設けてくれた。
「彼が今後、働いていく上で、どういうところを変えていけばよいか、教えていただけますか?」
竹田支援員が切り出した。
社員の平川さんは
「仕事の中身については、特に言うことはないぐらいできていらっしゃいますが、あえて言えば、もう少し、仕事中に細かな報告などしてくれるとよかったかもしれません。」
そして、江川課長は
「大和さんは黙々と仕事をされるタイプですが、会社ではコミュニケーションが大切です。なので、その部分をもっと大事にするといいと思います。」
という答えがかえってきた。
“全くそのとおりだ。結局人間関係がうまくできないんだ”
と雄志は心でつぶやいた。
朝は遅れることもなく仕事も順調だったが、コミュニケーションでどこかで行き詰まる。
これが雄志の一番変えたい部分であった。
“やっぱりそこか・・・どうしたら変えていけるのだろう・・・”
雄志は悩み始めた。
「お疲れ様です。頑張りましたね!」
池山の言葉に我にかえった。こうして初の企業実習を終えたのである。

はやくも年が明け、雪のふる1月のある日、雄志は支援員である池山に何度も相談していた。
「池山さん、いつになったら次の実習先が決まるんですか!」
雄志は池山に詰め寄った。ナコリマ食品での実習を終え、次のステップを用意してくれているものだと思っていた。ところが、池山支援員は「作業に集中しましょう」というばかりではないか。
「作業じゃなくて就職を前提とした実習先を見つけてほしいんです!生活がかかっているんです。お願いしますよ!」
雄志は焦っていた。失業給付はあと二ヶ月で切れてしまう。残された期間が迫ってくるにつれ、焦燥感ばかりがつのっていた。
「今、検討しているところなんで、もう少し待っててもらえますか?」
雄志はじれったいなと感じながらも、その言葉を信じた。
「電気や農業の実習はないのですか?」
「そうですね。しかし、大和さんの体力を考えると、お勧めできません」
作品名:心の病に挑みます。 作家名:大和雄志