心の病に挑みます。
一旦納得しつつも、雄志は、ポリテクセンターのことが気になって仕方がなかった。
それからというもの、
“ここにはいかなくても就職できるんじゃないか?”
心の中の悪魔のささやきが雄志を襲った。朝がだるい。どうしようもなくだるくて仕方がないのだった。
「連絡しなくても問題ないだろう」
と勝手に判断し、朝、連絡もせず休む日が数日続いた。
「もう勝手にしやがれ。どうなってもいい。」
とたちまち自暴自棄(じぼうじき)に陥りながら、一日寝込む日が続いた。
「別の方法で就職してみせる」
と一人でリキんでいたが、そんなとき、電話がかかってきた。
はじめは電話をとりたくない気持ちが強かったが、強がっても仕方ないなと受話器をとった。
「大和さんこんにちは、池山です。今日こられなかったんで電話しました。大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫です。それより・・・」
「なんでしょう」
「技術を身につけたくて、ポリテクセンターに通おうかと。」
「大和さん、いずれにしても数日休んでいますし、退所するにしてもお話しないといけませんので、一度、JSC北摂まできてください。」
と言われ、翌日にJSC北摂へと向かったのであった。
今日の一日は箱折作業から始まった。
雄志は「作業所みたいやな・・・」と思いながらも、箱を折ってみたが、なかなか綺麗(きれい)に折ることができなかったのであった。
「こういう作業でも丁寧にできない所が仕事にでるのかもしれない。これも障害なのだろうか?スタッフの折り方はやっぱり綺麗だ。やはり一般の人とは俺は違うんだろうか・・・。」
と自分を卑下してしまうこともあった。
しかし一方で、「こんなくだらない作業を俺にさせるのか!」と苛立つことも多かった。
いや、これは訓練なのだ。与えられたことをきっちりとできるかどうか、
作業内容も含めてJSC北摂に朝遅れず一日を通して最後まで作業に参加できるかどうか、が見られる。雄志にとっては一日一日が忍耐であった。
“今はこうして修行の身ではあるが、必ず満足のいく仕事に就いてみせる”と歯を食いしばって忍耐に忍耐を重ねていった。
しかし、それでもなかなか朝には勝てなかった。
「8時をすぎてしまった。もうちょっと寝たいな。もう、遅れてもいいか・・・どうせいつもの作業だし、あぁ、そう思っている間に9時を回った。仕方ない、寝よう」
とあきらめて寝てすごすことも何度もあった。どうしようもなく情けなかった。
朝が苦手な理由に、朝起きると、きつくてイヤだった以前の仕事の記憶がいつも浮かび、雄志を苦しめた経緯が思い出されるのであった。
朝の遅刻が頻繁に繰り返されたまま何日もすぎさった。
遅れるたびに、何度もJSC北摂の池山支援員から電話が自宅にかかってくるのだった。
「大和さん、今朝はどうされましたか・・?」
と毎回怒らずにやさしく説得をされるので、つい雄志は安心して再び寝てしまうのだった。
この、朝の葛藤はしばらく続く。
「あ〜早く実習にいきたいなぁ」
雄志の正直な心境だった。今まで仕事といえば、主にデスクワークなどが中心であった。
それが、作業中心となるのだから気持ちがついていかないことも多々あった。
「池山さん、実習はどれぐらいで行かせてもらえるんですか?」
「体調にもよりますが、大体三ヶ月ぐらいですかね」
「早く次の仕事を見つけたいんです!のんびりしている暇はないんです。」
「ですから、大和さんの状況に合わせて訓練をしていきます。」
じれったい、と感じた雄志は職業訓練センターに通うことをかなり意識する。
電話をかけ、見学にいく日を決めた。
ただ、池山支援員から気になる一言がひっかかっていた。
「大和さんが、考えていること、やろうとしていることは必ず報告してください。」
雄志は誰にも相談せず独断で行動するくせがあった。
「人にいつまでも頼っていてはいけない。自立しないといけない。」
と以前から自分に懸命に言い聞かせていた。
それが“独断、つまり自分で勝手に判断する”という形で報告・連絡・相談を怠る結果につながっていた。
面倒かもしれない、自分の判断こそ正しいと思う人もいるかもしれないが、第三者の見方があるかないかは重要な分かれ目となる。
“何かを変える”とはそこを変える訓練でもあるのだ。
雄志は、職業訓練センターへ電話したもののまた転退職という失敗をしてしまうかもしれないと思い、まず妻に相談した。
すると、妻は「池山支援員に相談したほうがいい」というではないか。
きっと予想通りの答えしか返ってこないだろうなぁと思い、あえて話さなかったのだが、覚悟を決めてJSC北摂に向かった。
自転車で橋を渡り降り、市場の中を通っていく。市場の手前には団子屋があり、いつもできたての香りが通るたびに気になっていたのであった。
「買っていきたいな・・・でもこの誘惑に負けたら今まで通りや」
とあえて見て見ぬふりをして細い道を走り抜けていく。市役所の横を通りすぎJRの高架をくぐると牛丼屋がみえる。JSC北摂はすぐそこだ。
「ああ、気が重い、どうせ反対されるだろうな。」
と思いながら階段を昇った。
「こんにちは・・・」
とドアを開けるとそこに池山支援員がいた。
「面談室に入って少し待っててください。」
雄志に告げると、しばらくして池山支援員が部屋へ入ってきた。
「大和さん、どういうことですか?」
「僕は職業訓練センターへ行こうと思ってるんです。」
雄志は両手を組み、険しい表情をみせながら、答えた。
「能力を高めようとするのはいいですが、基礎の部分をきっちり訓練しないと、応用が効かずにまた転職をしてしまいますよ。それは大和さんの希望ではないはずです。大和さんは初めに『仕事を長く続けることが目標です』と言っていたじゃないですか。」
「確かにそうです。しかし、せっかく職業訓練校に行ける機会が得られたのでそちらにいきたいと思ってます。」
本人の意志を単に尊重するだけなら、ここで池山は「わかりました」というに違いないと雄志は思った。しかし、
「朝ちゃんとこられてない人がセンターでの訓練が続くとは思えません、センターには私からも電話しますので、JSC北摂に朝遅れずにくることを私に示してください。」
と池山より言われたのであった。
雄志に反論するすべはなかった。指摘のとおりであるからだ。朝起きるのが苦でない人にとってはなにも難しいことはない。しかし、苦手な人にとってはなかなか改善できないものなのである。雄志は、朝早く起きることに挑戦しようと、エクセルで表をつくってみた。朝起きた時間を記入し、データ化しようとしたのだ。しかし、それすら続かなかった。
「朝がどうしても苦手です。」
と雄志がいうと池山支援員はこう応えた。
「弱い部分にポイントを絞り、集中的にトレーニングすることで改善しましょう、まずは朝9時から正午までの通所で結構です。」
「へぇ、そういう方法があるんですか!ぜひそれでお願いします!」
目からうろこが落ちるようであった。
「ではさっそく9時から12時の通所と目標を設定しましょう。」
こうして雄志は改善の希望を持って出発したのであった。