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心の病に挑みます。

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 なぜ雄志は悩んでいたのか、それは願兼於業(がんけんおごう)という仏法の方程式によるものであることをあとから知った。人を救う活動をするために(背負いたくない悪い業)をあえて願って背負い、悩む姿となるのだ。おそらくそうなのだろうと雄志は感じだ。
 今は苦しいかもしれない。しかし、信仰に励む人を見捨てる人はいないのだから、嘆くなかれ、“冬は必ず春となる”のだ。今、どんなに苦しく悩んでいても、あとで必ずわかるときがくる。
 同じ悩みをもつ人を助けるにはあなたの経験が必要とされるのだ。無明(迷い)を切り開くためには、強い『信』がいる、それを継続して『信』ずることが必要となる。その『信ずる心』さえ揺るがなければ明るい未来は必ずやってくる。それをあきらめず必ずよくなると“信”ずるのだ。
 どんな悩みや苦しいこと、障害があっても、人を励まし勇気づけ、希望の光をもたらし続ける強い意志の力が自分自身に不思議とあるのだ。
さて、ある若い男性がうつむき加減で待合室で座っているのを雄志はみた。思い詰めた表情から、悩みの深さが伝わってくるかのようだ。
「安岡さん」
初診の用意が整うと、雄志は男性に声をかけた。
「こんにちは、はじめまして、外来でケースワーカーをしています大和といいます。初診ということで、医師の診察を受ける前に少し話しを聞かせて頂いてもいいですか?」
「はい・・・」
返事の声も小さくなっていた。深刻な悩みを抱えていそうだ。
「ではこちらの相談室へお入り下さい。」
 相談室に入ると観葉植物が目に留まる。植物が疲れた心を癒してくれる。そして外から見えないようにカーテンがある。相談室は対面でなく、スタッフから90度の位置に患者さんが座るようになっている。この座り方によって、患者さんはケースワーカーに話しをしやすくなるのだった
「月100時間も残業して仕事がしんどくなってきました・・・」
これではたしかに体調を崩してしまう。
「休みの日はずっと寝ていたいんですが、子どもの遊び相手をしないといけなくて・・しんどいですわ」
この人に今もっとも必要なのは休息だ。熟睡できるようにしてあげることだ。
彼には薬が処方された。
「また何かあればいつでも声をかけてきてください」
雄志は相談室で声をかけた。一人また一人救っていこう、お手伝いしよう、そう思っていた。
もちろん「〜してあげる」支援であっては支援する側もバーンアウト(燃え尽きて)してしまう。
相手のできないことをなんでもやってしまうのではなく、できることに焦点をあて、その力を引き出していくのがポイントだ。別のある日のデイケアで、ある人は
「私はCIAに狙われている。CIAからの電波攻撃をかわすためにタバコを吸うのだ」
とポツリとつぶやく人もいた。
雄志は傾聴しながら、その人に共感していこうとタバコをくわえることもあった。もちろん雄志は、この人にとってどんな支援が必要とされるのだろうかと深く考えながらの一服であるのはいうまでもない。
ある日、雄志は、障害者自立支援法なるものが国会に出されることを聞いた。
“このままではだめだ。自分が意見をどんどんいって福祉政策が悪くなるのを阻止せねば”
と、国をよくするために、社会を平和にするために、送迎の車のなかでラジオニュースをひたすら聞きながら、国への改善提言をいくつも送信していた。心のアンテナが壊れかけているのに気付こうともしなかった。自分が犠牲になってそれで社会が平和になるならそれでいいとも思った。
“職場をよくするために頑張っているのにどうして理解されないのか!”
雄志は仕事に頑張りすぎるあまり、何か先走っていたのだろうか。それとも何かズレたことをしていたのだろうか。頑張っても報われない給与や理解されないことへの憤りをこらえているうちに、
“私は職場の人から命を狙われているのではないか。ほら、誰かは知らないが、目つきの悪い男性が私ばかりにらんでいる”
私の人生には必ず迫害がつきまとうのだ。“やはり自分は特殊な使命を担っているんだ”という妄想を雄志は抱くようになった。
病気をもっていることやコミュニケーション能力の不足から、やがてスタッフとのやりとりに行き違いが生じるようにもなった。なぜか雄志ばかり責められた。そんな感じがした。居場所がなくなるような状況になり疲れ果てやがて退職してしまう。地域・医療と、3年という短い期間であるが、実践を積み重ねていった。
しかし、雄志は統合失調症を抱えながら健常者のように働いていたのである。ところが、少し難しい調整をしなければならなくなると、それをうまく整理できずに話を聞くだけで消化することができなかった。結局、雄志は職場に統合失調症であることがバレてしまった。
ホームヘルパーを導入するタイミングとか、生活福祉申請のタイミングなどが難しく、失敗することがあり、仕事を続けていく上で限界を感じることがたびたびあり、これ以上は迷惑をかけられないと雄志は2006年5月に仕事をやめることを決心する。
さて、少し話はさかのぼるが、2005年10月には障害者自立支援法が成立した。利用者負担が増えることに対して雄志は反対の立場をとった。この自立支援法では従来の通称“32条”が新たに自立支援医療と名称が変わり、そのもとで、利用料がどれだけ負担になるかが問題であった。
当時の与党の働きかけで負担が幾分軽減され、ほぼ従来通りとなりホッとしたのが率直な感想であった。
しかし、原則1割負担の影響がどれだけ家計を圧迫するか、法案をつくる側の責任は非常に大きい。議員は心して利用者の話を傾聴すべきである。
さて、精神的に疲れ果て、妄想が再発し、生と死のはざまを感じるかのような体験しているさなか、雄志は、青空クリニックを退職、背中に抱えた大きな荷物をドサっとおろすような感じがした。
少しの間、人生を休んだ。その後、リハビリと思い、パートで働ける仕事を探した。
やがて某市役所障害福祉課の臨時職員の事務の仕事に決まった。雄志も自立支援医療の公費負担を利用しているが、その事務手続きの現場であった。
職場の雰囲気はアットホームであり、和気あいあいとしていたのが記憶に新しい。上司はいつも温かかった。
“いい職場だな〜”
と感じるものの、時々仕事が暇になることがあり、やることがなく困ったこともあるが、机の引き出しを整理したり、書類を確認したりしていった。
また、病気の症状であろうか、机に座ってじっとしているのに耐えられず、トイレに行ったり、庁舎をうろうろしたりすることもあった。同じようにウロウロしている職員と知り合いになることもあった。
「大和君、一緒に中華弁当食べるか」
上司が声をかけてくれた。
きゅうりの漬物と小さなエビフライがいくつかあって、あとはご飯が半分ぐらいという大雑把な弁当ではあったが、近くに食堂がないため、上司はいつも弁当で済ませているようだ。昼当番の雄志は机の上で弁当をほおばった。昼からはあの膨大な量の書類を整理せねば・・と、福祉課に送られてくる郵便物を整理し、ファイリングするのが雄志の今日の仕事だった。
作品名:心の病に挑みます。 作家名:大和雄志