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心の病に挑みます。

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「それで治ったらいいんやけどな、ま、いいわ、パチンコでもするわ」
と女性はあっさりと言った。
会話はそれだけで終わったが、経験のない質問に答えを考えるだけで雄志は汗をかいていた。プロ意識をもって若い人が話すよりも、年輪を重ねた人の何気ない一言に救われることは多い。
うどんを食べた後は、誰かと話をしようと喫煙コーナーへ向かった。雄志と同じぐらいの歳の男性が雄志に話しかけてきた。
「ちょっと話きいてくれる?」
「僕でよければどうぞ」
「実は俺は頑張っても頑張っても尊敬できる人には追いつかなくて辛いんだ」
この男性の話をじっくり聴いたあと、雄志はこう語った。
「背伸びして苦しくなるんじゃないですか?上へいこう、先々いこうとするよりも、足元を固めて着実に一歩一歩進んでいきましょう。道はその努力の後に自然にできると思いますよ。あなたは、あなたらしい使命の華を咲かせるべきです。」
少し照れくさかったが、そう答えを返した。
また、ある女性が雄志に訴えてきた。
「介護ヘルパーのシフトがきつくて朝から夜中まで働いてるんです。
それでも給料が安くて、しかもうつがあってリストカットを繰り返してしまう・・しんどくなってきました」
「自分の命だけは粗末に扱ってはいけません。きっぱり休んだほうがいいと思います。休むのも仕事と思ってください。命のほうが絶対大事なんですから」
力を込めて雄志が語ると
「ありがとう」
そう言って女性は去っていった。これはワーカーとしての援助技術ではないかもしれない。
しかし、雄志は、勇気をだして人間として血の通った励ましをすることも大事ではないかと思っていた。
秋が深まる頃、雄志は、いつものように専門学校の休み時間に、友人との雑談の輪に入っていた。
たばこを吸いながら、友人Aは、
「彼女からメールが返ってこーへんねん」
と隣に座っていた友人Bに苦笑いしながらもらした。友人Bは
「お前は強引やからな」
と笑いながら答えていた。
「ところで雄志は彼女おるんか?」
ふいにたずねられた雄志は首をふりながら
「いや、まだやねん」
と答えながら、どうすれば彼女ができるのか、このAとBの会話からヒントを必死で得ようとしていた。以前から雄志は彼女がほしいと願っていたものの、なかなかそう簡単にできるものではなかった。なぜ彼女ができないのか・・・一時期はそればかり考えていたのだった。積極的にアプローチしてもふられ、逆に、それほど意識していない異性からは声をかけられる。雄志は、このアンバランスな状態から抜け出したいと切に願いながら、誰かいい人がいないものか、あたりを見渡すのであった。
そんなある日、再び山岡医院に診察を受けるため、雄志は市内まで電車にのり出かけていった。待合室でいつものように待っていると、ふと、雄志の前を横切る女性の姿があった。そして、雄志とひとつ離れた隣の席に座るのであった。小柄な、可愛らしい雰囲気の女性であった。雄志は、待っている間、国家試験の勉強をしようとテキストをひらいていたが、ひとつ隣の女学生も分厚いテキストを開いて勉強をし始めた。雄志よりも幾分年下のように見えた女性をみて、
“学生さんか、若いのに偉いな”と思った。
そして次に
“こんな人が彼女であったらいいな、でもなぜ診療所に来ているのだろう。少し話ししてみよう”
雄志は、喫煙室に入って、別の女性と雑談していた。とその時、隣で本を開いていたその女性が喫煙室に入ってきた。
「こんにちは」
雄志は、笑顔で迎えた。嘉穂となのる女性は、
「私にはうつがあって・・・」と話し始めた。
雄志は少し首を傾けた。若干疲れているようにはみえるが、明るい表情をしている。
「うつなんですか?」
と思わず聞いてしまった。
「寝られなかったり、涙がとまらなくなってくることがあるの・・・」
「そうなんだ・・・。ところで、デイケアとか行ったことあるんですか?」
「ないよ。ずっと働いてきたもの。あ〜。もうなんで病気になっちゃったんだろう。」
「難しい問題ですね、ところで、セルフヘルプグループって知ってますか?」
と雄志が聞いたそのとき、嘉穂は診察室に呼ばれ、喫煙室をでていったのだった。雄志は、一服すると喫煙室を出て、待合の椅子に座り、本を読み始めた。“あの女性とまた会えたら、メールアドレスを聞こう。”雄志は、心臓の高鳴る音を抑え切れなかった。手元にある本を見ているようで眺めるのが精一杯だった。
“このままでは、またチャンスを逃してしまう・・・なんとかならないかな・・・”
と考えを巡らせると、自ら作った名刺に、携帯のメールアドレスを書いて渡すことを思い至った。
数分後、診察室を出た嘉穂は、雄志の姿を見ると
「ありがとう!またね」
と笑顔で挨拶をしてくれたのだ。
「待って」
雄志は、名刺を嘉穂に手渡した。 二度と会えないかもしれないと思いながら・・・そして嘉穂は先に会計を済ませ、医院を出て行った。二人は別々の方角だった。やがて雄志も帰宅の途についた。
“もう会えない・・・”
雄志はとてつもなく寂しい思いにかられた。そう思って本を開いたときだった。ポケットのなかの携帯電話が鳴った。“メールだ”雄志が画面を開くと、
「今日はありがとう」
嘉穂からだった!
「またお会いできたら嬉しいです」
と書いてあるではないか!雄志は飛び上がらんばかりに嬉しくなった。

数日後、嘉穂という女性と初めて外で待ち合わせた雄志は、市内の神寺駅(仮称)近くの居酒屋へ入っていった。
「あ、雄志だ!」
学友のAらがビックリしたような顔つきで、雄志と嘉穂を見つめた。それはすぐに好奇な目へと変わった。
 なんと専門学校の学友数人が、全く同じ居酒屋で飲んでいるではないか!全くの偶然であった。
「雄志、かわいい彼女見つけたな〜」
「大和君、やるじゃない!」
口々に友人達は、近寄りはじめ、雄志の彼女をチラチラみてくるのであった。
恥ずかしくてたまらないが、逃げる理由もない。
「ねぇ、大和君、友達と待ち合わせてたの?」
嘉穂から問われた雄志は
「なんでそこにおるんや?待ち合わせなんかするはずないやんか」
と躍起に否定し続けた。
やがて、落ち着きを取り戻した嘉穂は世間話をはじめた。
「私も大変なのよ。忙しくて。」
とポテトを食べながら話し始めた。
「看護の実習で、○×病院に行ってたけど、レポートがまとまらなくて・・・、それに国家試験の受験勉強もしないといけなくて・・・」
「大変だけど、一緒に乗り越えようね。僕も病気を抱えて大変だけど、絶対に克服してみせるよ。」
雄志は、そう決意を披瀝すると、軟骨のから揚げを2〜3個つまんで口に入れた。
「大和君は前向きだね。」
嘉穂は、微笑ながら雄志をみていた。
「ありがとう。」
二人はまた会う約束をして居酒屋をあとにした。これから二人は国家試験を目指して勉強に打ち込むのであった。
2003年の年が明けた。外はかなり冷え込んでおり、時折雪が降っていた。朝から四天王寺大学で精神保健福祉士の試験があるのだった。雄志は指定されたイスに座ると試験がはじまった。
作品名:心の病に挑みます。 作家名:大和雄志