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心の病に挑みます。

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 雄志は涙を浮かべながら担当の林先生に御礼を述べ、センターをあとにした。雄志は実習先で最も大切な対人スキルを教えてもらった。最高の先生に出会えたことに今でも感謝している。実は林先生とはこの実習から三年後、劇的な再開をするのである。
雄志は大学時代に、一人暮らしの学生を訪問する活動などもしていたが、自分の一方的な想いを伝えることだけに精一杯でメンバーの状況や想いなどを汲み取ることに欠けていた、と振り返って思わざるをえない。
なぜ人は僕を受け入れてくれないのか悩んだが、専門学校でバイスティックの七つの原則を講義してもらい、目からうろこが落ちる思いがした。と同時に恥ずかしくもなった・・・。
?“個別化”人それぞれ生きてきた環境、性格は千差万別。“個”として観ること。
?“自己決定”人生の主人公は、その人自身。家族の意向や主観で生き方を知らず知らず押し付けてはならない。あくまで本人が自己決定できるまで忍耐強く関わる。
?“受容”その人の長所と短所、好感の持てる態度ともてない態度、肯定的感情と否定的感情、行動などを含んで、あるがままのその人を受け入れようという態度。
?“統制された情緒的関与”自分の気持ちを一方的に言うのではない。その人の援助者は自分の感受性を働かせてその人の観察等を通じてその人の言動の裏に潜んでいる感情を理解し、その感情に適切に反応すること。言葉だけでなく態度でもそれを表す場合がある。
?“非審判的態度”援助者はどのような観点からであっても利用者を裁いてはならないという原則です。援助者は法や道徳の審判者ではなく利用者の理解者でなければならない。
?“秘密保持”援助者は利用者の人間生活そのものに密接に接触するため利用者のプライバシーや家族に関する情報を見聞きします。当然のことながら、これは倫理的義務としても秘密として守られなければ利用者は信頼して全ての感情や気持ちを伝えることができなくなる。
?“意図的な感情表出”
利用者が自己の感情を自由に気がねなく自由に表現できるように、意図的に援助者が関わること。

誰かの人生を応援しようとすれば、知っておくべき原則は確実に身につけたいものだ。この実践にもやはり訓練がいる。雄志は、学校で教えてもらったことが、実習先のピアニッシモで、スタッフ全員が実践されているのをみてプロは違うなと感動していたのだった。今度は自分自身がそれを実践する番である。
学生時代のサークルでの訪問活動は自分の想いだけで突っ走り、メンバーの状況や気持ちを理解していなかったことに反省し、次からはこの原則を踏まえて、訪問活動をしていこうと決意するのであった。
雄志は、実習期間中、調子を崩し、休んだことがあった。スプリンクラーを盗聴器と信じて疑わず、スタッフに「盗聴器があります。外してください!」と訴えたことがあった。そして意識が覚醒し、頭が変に冴えてくるのを感じた。私は狙われている。私の心を覗き込んでいる人がいるとも感じた。そわそわして落ち着かなかった。ある朝、
「しまった、朝寝坊した!」
「眠前のヒルナミンがかなりきいてるみたいだ。ああ、重い、体がしばられているみたいだ」
一瞬であったが、再び目をつむろうとしているとき
「雄志、起きなさい!」
と母の厳しい声がきこえ、あわてて布団から身をおこした。
母は、“様子がおかしい”と感じたのだろう。主治医の山岡先生に診てもらおうと語った。
「あんた実習に行ってるとき、『盗聴器がしかけられてる』て言ってたやろ?具合悪いんちゃう?」
実は、雄志は「もう病気も大丈夫だろう」とたかをくくり夕方のむ薬を飲んでいなかったのだ。
山岡診療所では三時間待った。その間、週刊誌などを読んでいた。周りの人も何かしら本を読んですごしている。なかには待ちきれずうろうろする人もいるようだ。
「大和雄志さんどうぞ。」
雄志は診察室に入っていった。
「どうですか?」
山岡先生がいつものように雄志に聞いてきた。
母が「最近薬を飲んでなくて寝てないんです」
というと、山岡先生の表情がみるみる厳しくなってくるのがわかった。
「雄志君、100%再発するよ。再発したら今よりももっと悪くなります、いいですか?」
表現できない恐ろしさが雄志の心の奥底から突き上げてきた。
「わかりました、入院はいやです。絶対に薬を飲みます。」
この日より、再発をおそれ、服薬を欠かすことはほぼなくなった。
夏休みが明けた。一人一人が活き活きと自分の実習の報告を行なっている。
アルコール専門のワーカーを目指す人、作業所での実習を積んだ人。精神科病棟での実習体験を積んだ人。様々であった。あるデイケアで実習を受けた友人は、担当の看護師に手厳しく指導されたこともあってかなりへこんでいるようだった。みな、心配し励まし合っていた。
9月には入ると、市役所によっては精神保健福祉士の公務員採用試験が行なわれる。雄志も受験したが、60人中55位と絶望的な順位にショックを隠しきれなかった。今までの学歴は何だったんだ。努力をしていなかったからだ。深く猛省せざるを得なかった。福祉職の公務員を目指す人は多い。雄志も負けじと公務員試験を受けるのだが、3回受験して3回とも不合格が続いた。誰かが就職先を用意してくれるのではない。みなそれぞれ就職先を自力で探すしかなかった。信じるのは自身の行動であり努力なのだ。結果はおのずとついてくる。
さて、雄志には公的扶助論の原田先生の授業が忘れられない。
「アルコールを飲んで道で倒れてる人が病院に運ばれてきました。この人はお金がありません。頼れる身内もいません。さあ、あなたが病院のケースワーカーならどう対応しますか?」
というものだ。
 病院勤めだと患者さんから当然お金をもらわないといけない。また、本人にお金がなくても身内に請求すればいい話だ。だが、金銭的にあてにできる人はいない場合、この患者さんが病院についたとき、ワーカーとしてどんな支援が必要となるだろうか?ここにワーカーとしての力量が問われる。難しいケースはいくらでもある。そこがやり甲斐ともなるのだ。
秋になると、雄志は援助技術の原点を振り返りたいと思い、富士山病院へと向かった。
デイケアで昼ごはんも食べようと、午前の授業が終わると、泉中駅へ向かった。学校から病院まではそれほど離れていない。食堂へ到着すると、空席のテーブルもあったが、利用者の方とコミュニケーションをとるのが目的であったので、
「となりに座ってもいいですか?」
と声をかけ了解を得てからその人の隣に座り、うどんを一緒に食べ始めた。
「あなた、職員さん?」
50代ぐらいの少し疲れた感じのする女性と、知り合いと思われる女性が二人で座っていた。
「いえ、違います。PSWの見習いの学生です」
「ワーカーの学生やね。なあ、ちょっと聞いてや。私、旦那と一緒に居るのがイヤで胃が痛くなるねん、どう思う」
「え、そうなんですか・・・」
といきなりのことで一瞬驚いたが、ここは傾聴に限ると話を聞くことに徹した。これからどう答えようか答えに窮していると、雄志の向かいに女性の知り合いと思われる、年配の女性がこう語った。
「そういうときは、女友達ひきつれてどっか旅行にいったらええねん。」
作品名:心の病に挑みます。 作家名:大和雄志