わたあめ
私は唐突にチョコレートを突き出した。とかして固めただけの何の面白味もないチョコレートだ。
でもこれは、私が初めて他人を思って作った食べ物なのだ。
どくどくと響く心音と反比例してその場はひどく静かになっていった。
そして、山田君は、「はぁ」と答えた。
「それはわざわざ」
(えっと… )
私は再びパニックに襲われる。大丈夫大丈夫。落ち着け落ちつけ。
でも一体何が大丈夫なのだ?
(え?…なに今の返し )(あれ? )(私なにか間違えた?)
チョコレートを受け取った山田くんはなぜだか、本当になぜだか無表情だった。
困るでもなく、喜ぶでもなく。能面のように。
「…えっと…だから、今日なんの日かわかる?」
私はまた自分を立て直す。今朝だけで何度この作業を続けてきたのだろう。でもだって彼は無表情なのだ。いつもの私みたいに。
嫌われてる?何も感じないほどに?
「…ん?」
山田君はたった今誰かに呼ばれたみたいな顔をした。それは、どうみてもバレンタインに異性からチョコレートを貰った直後の顔ではなかった。
今日山田が日直だよ。
ん?
ほら蚊が飛んでる。
ん?
そんな顔だ。
でも、怒っているわけではなさそうだ。
「…ホワイトデー、お返し頂戴ね」
どうしようもない私はため息をついて走って逃げた。
自分が最大の禁句を口にしたことも知らず、彼に恋した理由にも気付かず、呑気に。