わたあめ
「へーっチョコ渡したんだ!やるね」
優美香はお弁当のタコウィンナーを突き刺しながらにやにやと微笑んだ。 彼女はそれにかけた母親の手間を多分全然知らないだろうな。私は無邪気な彼女が愛しくて、こっそりくすりと笑う。 そういうのってすごく幸せだと思う。
私はコンビニで買った薄っぺらなパンをかじる。 それは、パサパサの空気の味がした。
「そーかそーか。ついにこのときがきたかぁ!!…ど?やつはなんか言ってた?」優美香のにやにやは止まらない。私はそっぽを向く。
「…言われる前に逃げた」
優美香はまさに驚愕!!っといった顔をした。 そしてありえんありえんとつぶやきながら小刻に首を振る。「なーにーしてんの?なぜそこで逃げるんだお前はぁ」
私は女子高生らしく唇をたてて拗ねた顔をする。
「だって…なんかはずかしいし。…でもちゃんと、ホワイトデーのお返し頂戴っていっといたよ」
カツーーーーン
びっくりするほど大きな音をたて、優美香のフォークはウィンナーごと落ちた。それはスローモーションのようだった。 教室の喧騒が一瞬静まりかえる。それでもすぐにザワザワとその力を取り戻していった。
でも、当人の優美香はそれすら気付いていない様子なのだ。そして彼女は目を見開いたまま、「…ばか」と、ただ一言呟いた。
さすがに私も動揺してしまう。
そんなすごいこと言った?今。
「…え?なに?ウィンナー落ちたよ」
そう言われてやっと優美香は落ちたフォークに気付いた。 あ、やっばいもったいなぁと優美香は慌ててフォークを拾う。
なんだろう?このリアクションは。
(大丈夫)(大丈夫)(私は)(私はなにも)(いつもどおり)(平凡な)
「…え、てか…まじで知らなかった…わけ?」優美香は控え目にこちらを見た。
「…だから、どうしたの?私今そんなすごいこと言ったかな?」
優美香は一瞬顔をしかめたかと思うと、観念したかのように首を横に振った。 私はいやに体が寒くて指を揉んでいた。
「あのね…あくっまで、あくまでだよ?…噂なんだけど…」
ヤマダクンノカノジョッテホワイトデーニコロサレタラシイヨ
…トオリマニ。
世界がくるりと一回転した。驚く程冷静な自分がそこにはいた。そして、そこには同様に単なる噂ではないという妙な確信があった。
あぁ、と私は甘い吐息をつく。
甘い夢は覚めない。
どろりと赤黒く、強烈に甘いまま。
アア、ナンダソウイウコトカ。ソレナラトウゼンダ。アタリマエダ。ワタシガワタシガカレニヒカレヌワケガナイ。ソンナアタリマエノコトヲ。
ワタシハナヤンデイタノカ。
どうして私が彼を好きなのかわかってしまった。
同じだからだ。
誰に対しても同じ顔で、誰に対しても心を開かない、私と。
私と。私と。
あぁでも、私はこんなにも開こうとしているのだ。 この、真っ黒なドアを。
開いても開かなくても、闇しかないというのに。
どこからか腕がやってきて私をがっちりと掴んだ。
「そう。」
優美香は怪訝な表情をする。私は、多分、能面がはずれているのだろう。
能面の様な顔をしているのだろう。
「知ってた、気がする」
そして、にこりと笑うのだ。