落ちる
<現実>
そして、現実。ここで私は赤音とふたり。
私の手には銀色の刃。海に浮かんだ三日月のように。
歪に砕けた海の月のように。
「私はあなたを殺します」
「へえ。そんなことお前にできるの」
ふふ、と赤音は小さく笑った。優しいとすら思える笑顔。とても、とても綺麗。けれど、その目は挑むように鋭く、私を射抜く。壊れてしまえ、きっと赤音の笑顔は壊れることが似合い。
いいや、私が壊れた物を愛しているだけ。…愛だって? 馬鹿馬鹿しくて笑える。
私達はもうすぐ高校を卒業する。すべては終わる。
赤音は「結婚」する。赤音の家にはそれが必要なことなのだと。赤音が望もうと望むまいと。赤音はそのことに特に何も言わなかった。けれど、ああ、私にとってみれば赤音の本当の願いも、事の是非もどうでもいいのだ。何と身勝手な感情。
赤音がいなくなる。
その事実だけを私は怖れた。そのことに、私は耐えられない。
人はどうしたっていつか離れ離れになる。人はいつだって一人だ。それが「結婚」だろうが「死」だろうが…大した違いは感じない。ひとりにされる。取り残される。いや、そもそも初めからずっと「ひとり」だ。
そんなこと理解しているし、私は別れだって受け入れて生きてきた普通の人間だ。そこまで馬鹿じゃない、何も知らずに欲しがる子供じゃない、すべて知って渇望する大人じゃない。
それでも、赤音はそこに在る。そこに在る。在るんだ。それが私にとって何より確かな感覚。赤音がいなくなることは世界が崩れさることだ。ああ、馬鹿な妄想、自分勝手な我儘。
けれど、けれど、愛してる? 憎い? どうでもいい? 何もかも分からないけれど、赤音が消えてしまうことだけは駄目だ。それは恐怖に近かった。私は私の命を守るために、赤音を殺す。
我が身が可愛い。
それだけ。
赤音が消えてしまうのなら、その前に赤音を消してしまおう。
己は最低の屑。
綺麗に燃えて、燃え盛る炎に焼かれてそして灰のように散ってしまえるのなら良いのに。地獄の叫びすらきれいに消え去る。
そして、私も消えてしまいたい。
赤音は綺麗。綺麗でこわい。こわくてこわくて、私は涙を流す。私はずっと赤音に怯えていた。まるで、底のない空白の空へ落とされてゆくようだから。赤音の存在が私を絶望させる。
私は赤音を憎んだ。赤音さえいなければ私の世界は何も無いのだから。ただの虚無だ。安楽で虚しい愛しい世界。赤音は私を壊していく。いや、私が勝手に壊れていくのだ。