居候の夏
家に着く。友達の自転車らしきのものは見当たらない。良かった。ぼくはただ今も言わずに中へと入った。朋ちゃんが居間で再放送のドラマを見ていた。ぼくに気づいてチラッこっちを見る。あれ?なんだか尖った視線だぞ、機嫌が悪そうだ。どうしてだろう。黙って外に出たのがいけなかったのかな。自分の部屋に戻って考えた。あ、うちの母は用心深いから「あの子にお小遣い渡してないけど、隠して持って来ているかも知れないから買い食いとかしないように見張っといて」などと頼んでいるのかも知れない。きっとそうだ。
その日の夕飯も朋ちゃんの機嫌は悪かった。いつもなら朋ちゃんはしょうゆとかを使った後、ぼくが黙っていても、目の前に置いてくれるのに今日は簡単に届く所でなかった。このままではまずい。ここに居辛くなるな。何か声を掛けよう。そうだ、英語の辞書持って来るの忘れて困ってたんだ。貸してもらおう。でも、貸してくれるかな。どうだろう。
夕飯の後、少ししてから朋ちゃんの部屋に行った。ノックしたら「どうぞ」という声。ぼくだと思ってないのかな。ドアをあけて入った。朋ちゃんはベットに横になってCD聞きながらマンガを読んでいた。ぼくを見てちょっと驚いていた。やっぱりな。
「英語の辞書貸してほしいんだけど」とぼくが言う。
「あ、うん。いいよ」と朋ちゃんは机の棚を指した。
ぼくは無事借りた。何だ簡単なことだな。でも機嫌直ったのかな。
「今日さ、河川敷で小学生が野球の練習してるの見て来ちゃった」と聞かれてもいないのに答えた。
「そうだったの」と朋ちゃんはそれだけ。
ぼくは長居してはいけないと思い部屋を出た。うーん何だかすっきりしない。それが理由で中々眠れなかった。
次の日、借りた英語の辞書を使って宿題をやっていると、朋ちゃんが来た。
「ちょっと出掛けるけど、すぐ帰ってくるから留守番お願い」
そう言って、朋ちゃんは出かけて行った。なんだか優しい言い方。朋ちゃんにぴったり似合う言葉使い。昨日のフォローが良かったのかな。ぼくは宿題を気持ちよく適当な所で終らせ、居間に行きテレビを付けた。祖母は畑にでも行っていなしぼく一人なのである。ワイドショーがやっていた。なんでもいいや、テレビなら、と思った。プリンまだあるかななんて気になった。誰もいないし食べようかな。あれそうか。もしかしたら、朋ちゃんはぼくの前でプリン食べるの恥ずかしかったのかな。そうだよ。少食だって思われたかったんじゃないのかな。そうだとしたら、なんと可愛いらしいことだ。いじらしくもある。朋ちゃんらしいな。そんな事思ってテレビ見てたら、ピンポーンと呼び鈴の音。がっかり。誰か来たらしい。どうしようか。自分の家ならぼくは居留守使うけど、ここは朋ちゃんの家だ。大変な用事かもしれない。そう考えて出た。そしたら同い年くらいの女の子だった。
「朋子いる?」
そっか、朋ちゃんの友達か。
「今出掛けてて、いないんだ」
「あれいないの?約束してるのに」
「すぐ戻るようなこと言ってたよ」ぼくは正直に言った。
「あ、そっか」
「待ってる?」
「うん。待ってる」
その女の子を居間に通した。それからちょっと考え努力して冷蔵庫から麦茶を出した。
「君、広志君っていうんでしょう?」
「え?あ、うん」
「イトコなんでしょう?」
「うん」
驚いた。朋ちゃんは友達にぼくのことを話してるんだ。
「でも、見た目健康そうだね」
おかしかった。朋ちゃんはぼくのこと何て喋ったんだろう。それからその女の子は色々話し出した。名前は亜由美。明朗としてる。こういうコって話しやすいなぁなんて思ったりしてると朋ちゃんが帰ってきた。ぼくは「お友達がいらっしゃってますよ」なんて敬語使って事情説明して、もう少しほんとは居間で話したかったんだけど、邪魔になったらいけないなと思って自分の部屋に戻った。
部屋では相変わらずすることがない。ぼくは窓から外の景色を眺めた。遠くに田園が見える。いくつかの案山子が立っていた。頭をたれた稲穂たちをぼんやり眺める。なんだかとても平和。ぼくは東京のような都会で人ごみに紛れて暮らすことに憧れていたが、こんな田園の中で暮らすのも悪くないかとも思う。
この夏はいい経験した。これから生きて行く上でのプラスになった。悪くはない。気がつけば、もうここ来て随分経つ。夏休みももう半分を過ぎている。そう、ここにいるのはこの夏の間だけ。残念。なんだか急に黄昏た。心が切なくなった。ぼくは今まで無駄なことをして来てしまったな。
辺りが暗くなり出した頃、朋ちゃんと亜由美ちゃんが花火をしようと誘ってくれた。
「うん、やろう」と元気に言った。
廃校になった小学校に行って花火をした。打ち上げ花火はもちろんぼくが点ける事になった。緊張して中々点かなかった。花火もまともに火も点けられないと思われたくなかったのに、焦れば焦るほど点かなかった。と、その時点いた。良かった。その喜び。
「ここって朋ちゃんたち通ってたんでしょう?」線香花火をしてる時になんとなく聞いた。
この夏、ここに来て始めて本人を朋ちゃんって呼んじゃった。
「うん」そう答える朋ちゃん。自然な応対である。
帰り道、亜由美ちゃんを送り、朋ちゃんと二人で歩く。田舎の夜道は暗い。犬もどこかで吠えている。何だか早く帰りたい。
「朋ちゃん走って帰らない?」もう一度、呼んでみた。
「広ちゃんって臆病なんだ。怖いんでしょ?」笑って朋ちゃんが言った。かわいいなと思った。イトコでなければお付き合い申し込みたいくらいぼくは朋ちゃんを好きかもしれない。だから今まで意識しちゃってたんだ。
二人で手をつないで走って帰った。
それから何日かした夕方、ぼくはもうすっかりぼくを覚えてくれた朋ちゃんチの飼い犬を散歩させていた。道は犬が知ってるので、リードを持ってればいいだけだった。
散歩から戻ると朋ちゃんが縁側にいた。
「向日葵の種食べてみない?」朋ちゃんがぼくに聞いた。ニ、三日前ににあの大きな向日葵は枯れてしまっていた。
「食べてみよう」ぼくは答える。
それで二人で向日葵をまずは引っこ抜こうとしたんだけど、太陽の光をいっぱいに浴びた向日葵は根をきっちりと生やしていて、とても引っこ抜けなかった。朋ちゃんが一心不乱に力を入れてるから、ぼくも精一杯やったけど、駄目だった。
「どうしよっか?」とぼくが尋ねたら、朋ちゃんはノコギリを持ってきた。
「これで切ろうよ」
突飛なこと考えるなぁと思った。
「よし、そうしよう。この偉そうな向日葵切っちゃぉ」その言い方が変なイントネーションだったのか朋ちゃんは笑った、ぼくもつられて笑った。
ぼくがノコギリで切った。切るときは向日葵が太陽から降り注がれた力を全て吸収するつもりでやった。だから、これからぼくは大きくなるんだ。
そうして切り倒し、向日葵の種を取り二人で食べた。味は香ばしいとでもいうのかな。何粒か種を蒔いた。
「これでまた来年も向日葵が見れるね」朋ちゃんはそう言った。
「愉しみだね」とぼくはいった。