幽霊青年と赤マフラー
「家を出て駅まで行く
彼女と合流して映画館へ
終わったら昼食を食って動物園に行く
…俺は何処まで行けると思うか?』
『映画館とかレストランに強盗が押し入って、見せしめに殺されるかもしれない
彼女が来て手を振った瞬間、スリップしたトラックが突っ込んでくるかもしれない
玄関を出たら床が凍っていて、運の悪いことに足を滑らせて手すりを越えて一階へと真っ逆さまに落ちていくかもしれない
遥が今日死ぬことは分かるけど、どんな風に死ぬかまでは分からないよ』
「…実は俺に怨みでもあんじゃねーの?
お前の想像、全部最悪なんだけど」
『3日前に初めて会った人に対して怨みを抱けるほど、僕は器用じゃないよ』
富野 遥
今年の初雪の日、終電の他に誰もいない電車で出会った
普通、衝撃の事実を知らされた人の反応は2種類ある
1つは慌て出したり、怒りだしたりと情緒不安定になる
最後の日のあの絶望感に呑まれた様な表情は何度見てもお腹が痛くなってしょうがない
絶対腹筋が鍛えられてるはず
(きっと僕は生前、ドが付くほどのSだったのだろう)
もう1つは、素直に受け止める
そろそろ自分が死ぬであろうことが分かってる老人とか、中二病の馬鹿でもない限り早々いないタイプ
_____そう、思っていた
遥の目元には【0】の文字
今日、出掛けた先の何処かで死ぬ
沈んでいた思考回路を戻すとそろそろ駅へと向かう時間なのか、服装を確認している遥がいた
鏡を見たまま消えかかりそうな声で呟く
「海月、1つ聞いておきたいんだけどよ…
俺がこのまま家に居れば死ぬことはなく、また明日が始まる
なんて事は無いんだよな?」
『無いよ
君が何処に居ようと【今日死ぬ】という運命が変わることはない』
「そっか…
ありがとな、お陰で3日間楽しかった」
『…お礼を言われる様な事なんてしてないよ』
「俺が好きで言いたかっただけ
…それじゃ、行くな」
『…いってらっしゃい』
「行ってきます」
僕に背を向けて静かに、しかし、しっかりとした足取りで部屋を出ていった
遥がこの部屋に戻ることは二度と無いだろう
扉が閉まってから暫くした頃、鍵の掛かった扉をすり抜け外へ出た
雲1つ無い空の下、何処か遠くで救急車のサイレンが鳴り響いていた__
作品名:幽霊青年と赤マフラー 作家名:渚 奏