放課後シリーズ
インターハイにも出場した。個人優勝と言う高校生の頂点にも立った。しかし森野は未だに、上芝のあの一射を超えるイメージで弓を引いたことがない。そして不思議なことに、同じ上芝でありながら、それ以後の彼にあのイメージの射が見られなかった。森野は自分自身であの一射を引きたいと思うと同時に、上芝本人の一射をもう一度見たいと思っていた。
それなのに実現出来ないまま、二人の道は分かれて行こうとしている。
「上芝、本当に大阪に帰っちゃうのか? 残って独り暮らししたらいいじゃん。大学部には寮もあるんだし」
動きかけたペンが再度止まった。少しずつだが傾き始めた西陽で、ペンの影は細く長くなって行く。
森野は「小学校のガキじゃないんだから」と続けた。
「俺は最初から東京は高校の間だけ思てたんや。だから親父らが大阪に戻れんでも、大学はあっちにするって決めてた」
「なんでだよ?」
「こっちの水に馴染めんっちゅーか。ダチもあっちのが多いし。それに先輩と同じ大学に行くって約束したしな」
「先輩って、倉橋?」
上芝は頷いた。その表情が少し緩んだ気がして、森野は唇をへの字に曲げる。
倉橋尚孝は上芝の中学時代の先輩である。弓は小学校から始めて、中学になるとその名はすでに全国区だったらしい。上芝は弓道連盟主催の体験教室で彼と知り合い、同じ学校だったこともあって意気投合。週末になると弓道場に通って倉橋から教えてもらったのだと、森野は上芝から聞いている。二年、三年とインターハイで連続個人優勝。今年度のインター・カレッジも一回生ながら準優勝していた。
倉橋は上芝の憧れであることは、その話っぷりから想像出来た。弓道のいろはを彼から教えられたせいか、上芝の弓はその影響を受けている。二人が一年生の時、インターハイが隣県で行なわれ見に行ったのだが、倉橋の物見(ものみ=的を見る為に的方向に顔を向ける動作)に上芝の姿が重なった。
三年間、一緒に汗した自分たちよりも、遠く離れた『師匠』を選ぶのか――森野は口を一層強く引き結んだ。
「俺達とは一緒に引きたくないのかよ…」
ぽそりと洩らした森野の言葉を、上芝が拾った。
「森野とは同じとこで引きたない」
思いも寄らない答えに、
「なんでっ!?」
森野の声が大きくなった。机を挟んだ上芝に向かって前のめる勢いだ。そんな森野に彼は動じない。
「欲が抑えられへん」