放課後シリーズ
手が止まって、上芝が森野を見る。「ちょっと意外」と言った表情が目に浮かんでいた。
「興味あるさ。今の俺があるのは、上芝のおかげなんだからな」
「俺の?」
「そ。じゃなきゃ、三年間、帰宅部だ」
入学して間もなく、森野は弓道部に強制入部させられた。2つ違いの兄が主将をしていたからだ。弓道部は一学期中に三人の新入部員を確保し、インターハイの地区予選に出場出来なければ、二学期から同好会に格下げが決まっていた。自分の弟のサボり体質を正確に把握していた森野兄だが、背に腹は変えられなかったらしい。何しろその年度の予算は既に行き先が決まっていて、早々に手がつけられていたからだった。
上芝が四人目の新入部員として入部したのはその二ヵ月後。彼は急遽決まった父親の転勤の為、遥明に遅れて編入して来た。中学時代に少し弓道をかじっていたとかで、まったくの素人と言うわけでなく、地区予選が迫っていた部には救世主と言えた。
四人目が入ったことで、森野は幸いとばかりに退部を考えた。伝統やら作法やら、厳しい割に地味な部活動がどうも性に合わなかったから。
森野のその考えは、上芝の射を見て消し飛んだ。
「あの時はまだ俺よりチビだったじゃん? 先輩たちよりも断然小さくってさ、なのにすんごくデカク見えたんだよな。堂々としてて、なんて言うかな、優雅っての?」
「森野の口から優雅って言葉を聞くとは思わんかった」
「俺だって優雅って言葉くらい知ってるぞ」
「書けるんか? 優雅って」
森野は頬を膨らませて見せた。上芝がくつくつと笑う。
あの時の上芝の射を、森野は今も忘れられない。矢筋に沿って的の中心を見据えた時の目、引き切った弓は微動だにせず、弦を離すまでの一連の動作は周りの音を消し去った。同い年の射は、それだけに強烈な印象を残す。
「俺はあのイメージをずっと追いつづけてんだ。いつかああいった弓を引きたいって。止めないで続けたら、俺も引けるのかなって。だから止めなかったんだ、弓道部」
「光栄なことで。初耳や、そんなこと」
「うん、今、初めて言った」