放課後シリーズ
と森野がGW合宿で漏らした。これが彼の言う上芝本来の射なのだ。静を以って一射絶命を為す――基本に忠実で、ただ正確なだけの射ではなかった。ふざけた顔の裏に、こんなものを隠していたなんて。
――最後の最後になって、なんで今なんだ、ちくしょう!
上芝の弦音(つるね)が響く。小橋は吹っ切るように息を吐き肩の力を抜くと、キュッと口元を引き結び、的に目を遣った。
後夜祭の準備が始まる頃、辺り一面はオレンジ色だった。その色に影を作るようにして、とんぼの群れが飛んでいる。遥明学院の文化祭・通称『秋茜祭』の名の由来となった赤とんぼだ。森野と上芝は誰もいなくなった弓道場に座って、そのとんぼを目で追っていた。
遥明弓道部の三年生は、夏の大会が終わると引退していたが、正式には文化祭内の催しとして行われる引継ぎ式を以って、引退とされた。これは新旧の主将・副将が交互に行射していくもので、創部以来の伝統だ。後進の指導に以後も顔を出す三年生はいたが、やはり引継ぎ式が終わると気持ち的には線引きがされた。感慨に耽っているわけではない。しかしなんとなく去りがたい気持ちで、森野と上芝は未だに道着姿のままだった。
「俺は引きにくるけどな」
「だから、嫌がられるゆーとるやろ」
「あ、今日、小橋が怒ってたのは俺のせいじゃねぇぞ」
「誰が怒ってるってんですか?」
二人の背後から声が聞こえた。振り返るとそこには杉浦と小橋が立っていた。彼らは引き継ぎ式の後片付けやら、打ち上げの準備やらの為に、すでに制服に着替えている。小橋の声に森野はニヤリと笑って「おまえ」と指差した。
「怒ってませんよ、あきれてるだけです。出し惜しみしちゃって、まったく。後輩を向上させようって気、なかったんですか?」
と、小橋は上芝をねめつけた。上芝は肩をすくめて見せるだけで、森野が代わりに応えた。
「こいつはこんなヤツ。面倒くさがり屋で基本的にものぐさだから」
「人のこと、言えないっしょ」
杉浦が割って入った。森野は彼を手招きする。腰を屈めて近づいたその頬を思い切り抓った。
「だからこれからは俺が、後輩が向上したくなるような射を見せてやるっての」
頬の痛みに耐えながら、「え、まだ来る気なんスか!?」と杉浦が言った。森野の指に、更に力が入る。
「イン・ハイ優勝者の射が見れるんだぞ。いい勉強になるだろ?」