放課後シリーズ
上級生の声に、別の声が被さった。学食の入り口に彼と同じような袴姿が立っていて、まっすぐこちらに向かってくる。
「またこんなところでサボりやがって」
「ちょっと休憩してただけですやん」
「ずっと休憩しっぱなしじゃねぇか。森野も目を離したらすぐにブッチしようとするし。まったくお前らは」
どうやら上級生の上級生らしい。小姑よろしく言葉をたたみかけるが、上芝と呼ばれた先の上級生はのらりくらりとかわして聞く耳を持たない風に見える。運動部の上下関係と言えば先輩の言葉は絶対であり、後輩は直立不動で聞き従うイメージが小橋にはあった。それから言えばかなり外れている。
「もうすぐ演武だぞ。戻って仕度しろよ」
と後からきた上級生は、そこで初めて小橋に気づいた。「誰だ?」と上芝に尋ね、「入部希望者」と彼は答える。
「まだ入るって決めていません」
小橋は慌てて否定した。
「そやった。見学希望者。ノルマ達成です」
立ち上がった上芝はくつくつと笑った。
小橋にはノルマの意味するところはわからなかったし、見学する気もなかった。しかし二人の上級生に挟まれ、逃れようもない構図になってしまったので、仕方なく上芝の言う弓道部の『デモンストレーション』を見に行くことにした。
「ねえねえ、そこの彼氏ぃ」
呼び止められて杉浦は振り返る。チェックした運動部を見終えて、缶コーヒーでも飲もうと自動販売機のある学食に入るところだった。脇に入る通路に長机が据えられていて、生徒が一人座っている。道着に袴姿は剣道部かと思ったが、机の前にセロテープで無造作に止められたA4の用紙には『弓道部』とあった。
杉浦は身体を動かすスポーツが好きだ。サッカー部以外で見学の対象にしたのは、どれも競技中、動き続けるものばかり。その基準から言えば、弓道部は意識下にない。『弓道』と言う言葉は知っていても、見たことがなかった。
「良かったら、覘いてかない?」
そう言われても、興味のない部活に用はなかった。
「いいッス」
と断って、その場を去ろうとした。するとその上級生は立ち上がり、杉浦の目の前に立つ。断り方が素っ気無かったので、相手が気を悪くしたのかと、杉浦は一瞬、身構えた。