放課後シリーズ
柄にも合わず熱血してしまったことが、森野には気恥ずかしかった。周りは勿論、驚いている。森野の姿が長く道場にあることにもだが、前日までまともに的中しなかった彼が、今日は皆中させたからである。行射中の森野の集中力のすごさは、矢取りの指示を出すことすら躊躇わせた。
周りが見えないほどに高められた森野の集中力は、兄に肩を叩かれるまで切れなかった。
「調子ええな?」
矢取りのために行射は中断された。自分が使った矢を取っていた上芝が、森野ががむしゃらに中てた的を見て言った。言葉を交わしたのは、初めてかも知れない。関西弁だ。
「まあな。目の前に良い見本があったから」
「見本?」
「主将に上芝の射を見習えって言われてんだ。俺、初心者だから」
「そんで、見本になったんか?」
「う〜ん、途中から訳わかんなくなったからな。でもこんだけ中ったんだから、なったんじゃねぇ?」
上芝は森野の的をしばし見つめる。
「…そんでか。背中、穴、開くか思たやんけ」
上芝はそう言うと、さっさと矢取りを済ませ、看的場へと向かった。
森野は矢を引き抜く。そのほとんどが真ん中近くに集中していたが、実感がない。どれだけ引いても、引き足りない気がした。あの『射』が残した光跡を、何度も追って引いたのだが、ついに追いつけなかった。
それに確かに上芝は目の前にいて、同じ時間、引いていたと言うのに、今日のその射よりも、過日のあの『射』しか思い出せない。
あの『射』を、また見る事が出来るのか? 見るためにすべきことはなんだ?
森野は手の中の弓を見つめる。
「キャラじゃないっつーの」
とりあえず今日はここまでだ――矢を手早く片付けた森野は、油断している兄の隙をついて、弓道場から姿を消した。
インターハイへ至るための第一歩、予選を兼ねた地区大会に於いて、無名の遥明学院高校弓道部は、団体戦で準優勝した。また個人戦では、一年生ながら上芝知己が一射差で四位。そして弓道を始めて僅か二ヶ月の森野皓は、ベスト8に入る。
惜しくも本大会へは進めなかったが、ローカルとは言え名を知らしめるには十分だった。
やがて遥明学院高校弓道部を全国区に押し上げて行く、「創部以来、最強にして最悪」と称される主将・副将コンビの、これが軌跡の初めであった。