放課後シリーズ
まだまともに的中したことがない。しかし格段に森野の射は上達している。一昨日より昨日、昨日よりも今日、そして時間単位となり、周囲の目が気づくほどの早さで、矢筋は確実に的へと近づいていった。
森野は常に一番下手の射位に立つ。かなりの上達は見てとれるものの、その射法はまったくの我流と言って良かった。多少の軸のブレも、引き分けから離れまでの早気とも取れる動作も、封じ込めるような強引さで引ききってしまうのだ。このままではそのうち、上達も頭打ちになるのは目に見えている。少しでも正しい射法に近づけるために、諸先輩の引く様を見る…と言うのが目的だった。しかし森野には、『諸先輩』の射など眼中になかった。
――上芝
連日、的前に立つ森野の目の前に上芝が射位を取ったのは、大会二日前のことだった。それまでも同じ時間に弓道場にはいたが、間には別の射手が入り、間近で彼の射を見る機会には恵まれなかった。
暫しその背中を見つめる。森野の脳裏から離れない一射が、目の当たりに出来るのだ。
上芝が胴造りに入った。自然で無駄な力は見えない。弓構えから打ち起こし、引き分け、会――その動作一つ一つを、森野の目が追った。
上芝の手から矢が離れたところで、森野は目を閉じた。一呼吸の後、目を開けると、矢を番え、手の内を整える。それから十分に時間をかけて物見の体勢に入った。
森野は集中していた。
吸う息で矢を水平に保ちながら打ち起こす。上芝は舞うようだった。静かで優雅な腕の動き、まだ森野にはそこまでの技量はない。上芝のそれには遠く及ばないのはわかっているが、イメージは出来る。
引き分けて会に入ると、ピタリと狙いが定まった。この頃になると、森野の脳裏から上芝の射は消えていた。それだけでなく全ての雑念が消え、ただ的の中心しか見えていない。
まさに気力と機が熟した状態で、矢は手から離れた。森野が見定めた方向に違わず、的へと向かう。
たん…と心地よい音がして、矢は真ん中に的中していた。森野にとって、初めての『的中』であったが、感慨に耽ることはなかった。会心とは言い難く、イメージしたものとは開きがあったからだ。
――違う、こんなんじゃない。
浅くため息をついて目を上芝の背中に戻す。
――思い出せ。『あの射』をイメージしろ。
森野はキュッと唇をかみ締めると、再び行射の体勢に入った。