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放課後シリーズ

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とは、兄の口癖だ。その強制自主練習が脳裏をよぎり、森野の眉間に皴が寄った。
 的中の音。上芝は残心を終えるところだった。彼を見ていたにもかかわらず、森野はまったく射を見ていなかった。
――見逃したか
 上芝が二射目を番える。今度は見逃すまいと、森野は右斜め前方に意識を向けた。
 射法八節は流れるような動作が理想だと、森野は兄から教わった。正しい姿勢、正しい力の配分が在ってこそ、矢はまっすぐ、遠くに向かうのだと。筋肉は身体を支えるために必要なのであって、パワーのためではない。弓に力は必要ない。
 上芝は物見に入った。目線は板付きから矢道に沿って的を見据える。その様子は自然で力みがない。
 打ち起こしから引き分け、そして会に至る一連の動作が、森野の耳から周りの音を消す。聞こえるはずのない上芝の呼吸が、なぜか感じられ、森野の耳を刺激した。
 小柄な背中が、広げた腕が、大きく目に迫った。
 微動だにしない体幹が十分に待った次の一射は、放つのでもなく、放たれるのでもなく的に向かう――スローモーションで。実際には一瞬のはず。しかし森野の目には、そう映った。
 矢は的の中央に中った。光跡を視界に残すかのような強烈な印象に、森野はしばらく的中した矢から目を離せなかった。
「今のは…何だ…?」
 森野は思わず立ち上がった。膝にあたって、文机が倒れ音を立てる。周りの視線が森野に集まり、その中には上芝のそれもあった。物音の原因がわかるとみんなの視線は散ったが、上芝だけはしばらく森野の方を見ていた。




 森野を釘付けにした上芝の射は、一射だけだった。その後すぐに彼は射位から離れてしまい、結局、部活終了時間まで的前に立つことはなかった。
 森野はと言えば、上芝の一射が忘れられずにいる。何度も彼の射を見ている兄は、あれほどの射だとは一言も言ったことがない。隣で引いていたはずなのに、帰宅してからも話題にはならなかった。上芝は一番下手の射位で兄の後ろだったから、気がつかなかったのかも知れないが。
 それからの森野は、ゴム弓や巻藁で練習する時も、あの射が頭から離れなかった。
 地区大会が一週間後に迫ると朝練習も始まり、初心者でもメンバーの一人に名を連ねている森野は、優先的に的前に立たされた。
作品名:放課後シリーズ 作家名:紙森けい