放課後シリーズ
「そ。だからあいつの『射』は、漏れなく見たいんだ」
杉浦と小橋は顔を見合わせる。
確かに上芝の射には教本通りの美しさがある。しかし裏を返せば、基本に忠実で、ただ正確なだけの射とも捉えられた。見る側にとっては、森野の射の方がよほど面白い。去年の新入部員は最終的に、上芝の射を基本とし、森野の射を目標とした。多分、今年の新入部員も、同じ道を辿ることだろう。
言わば遥明弓道部の頂点に立つ森野が、基本に忠実な上芝の射のファンだと言うのは、俄かには信じがたかった。
「そんなにすごい射だとは、思わないけど…」
小橋はつい本音を漏らしてしまう。言って「あ」と口を噤んだ。いくら極悪コンビに容赦ないからと言って、これは言い過ぎかも知れないと思ったからだ。上芝の技量は、自分達よりかなり上であるのは事実なのだから。
森野はニヤリと笑う。
「基本に忠実なだけの『射』しか、打ってねぇからな、あいつ」
失言で俯き加減になっていた小橋は顔を上げる。
「違うんですか?」
「今は違わない。でも本当の『射』は違う…と思う。俺も一度しか見たことないんだ」
「本当の射って?」
「それは、な・い・しょ(内緒)」
森野は片目を瞑り、口元に指を立て、おどけて答えた。これには小橋も杉浦も力が抜ける。森野はその様子を見て、今度は声を上げて笑った。
「冗談なんですか?!」
ムッとする杉浦を尻目に、彼の笑いは止まらなかった。それから「冗談じゃねぇよ」と、真剣みの感じられない答えを返した。後輩二人の疑いの眼差しを受けて、
「言葉で言っても、多分、わかんないと思うな。俺、国語、苦手だし」
ようやく森野の笑いは収まる。
「実際見て、感じないと。あれはそんな『射』だ。あいつのあの『射』をもう一度見るために、俺は引いてんの。だから見逃したくないんだよ、いつの『射』も…」
少しトーンが下がった。自分でも気がついたのか、森野は途端にいつもの調子に戻る。
「あ、今のはオフレコだかんな。おまえ達にはいつも苦労かけてるらしい(・・・)から、大サービスだ。墓場まで持ってけよ」
「そんな大層なもんなんですか?」
『上芝の本当の射』説に、現実感が湧かない杉浦の減らない口の端を、森野の両手が摘む。「いへへへへ、ぎふ、ぎふ!(=いてててて、ギブ、ギブ)」と言う杉浦の抗議は無視された。