放課後シリーズ
森野は一礼して道場に入ると、二人の元に歩み寄り、腰を下ろした。一応は弓道衣姿だが、髪は梳かされず、くせっ毛とも寝癖とも取れる様子に揺れている。
仕事をしない主将・副将に代わって、他の三年生と共にこの合宿をしきり、その合間に極悪コンビのお守りでは、まともに行射する時間が取れない。インターハイの地区予選は目前。いくら親睦を目的とした合宿であっても、三日間を無駄に出来るほど、杉浦と小橋に余裕はなかった。弓道部は二年連続のインターハイ出場を期待されている。個人戦はともかく、団体では二人も頭数に入っていた。
「誰かさん達の代わりに働いてますから、練習する時間が朝しかないんです」
そんな事情で早朝練習を余儀なくされている小橋の、嫌味を含んだ返しだったが、森野は気にする風でもなく、付属についたあくびが憎たらしい。
「先輩こそ、こんな早くにどうしたんです? いつも朝飯ギリまで起きないくせに」
杉浦は小橋同様の口調で尋ねた。極悪コンビに対して二人は、先輩・後輩の立場を超えて容赦がない。
「OBのいびきがうるさくて、目が覚めたんだよ」
これにも森野は軽く答えた。嫌味も慣れると効果がないのだろう。
「だからって、朝練ですか?」
と言おうとした杉浦の頭に、ある事が浮かんだ――もしかして上芝の姿がなかったのではないか。それで森野は、上芝が自主練で弓道場にいると思って、ここに来たのではないか。
OBのいびきを避けて二度寝をする場所なら、森野にはいくらでもある。弓道場の隅でと考えたとしても、弓道衣に着替える必要はない。それに不思議と彼は、たとえ休憩時間であっても弓道場を『寝床』にしたことはなかった。そこのところは、ちゃんと弁えているのかも知れない。
「上芝先輩なら、来てませんよ」
だから杉浦は質問を摩り替えた。さすがに森野も意外そうな顔をした。
「上芝先輩が朝練してると思ったんでしょ?」
「まあな、布団、片してあったし。昨日は見逃したからな」
表情はすぐに元に戻った。
「見逃したって、何かあるんですか?」
小橋は思い切って尋ねる。
こんなに穏やかに、ゆっくり話す機会など滅多とない。見張り役二人と極悪コンビは追いつ追われつの関係で、交わす会話も小言と逃げ口上がほとんどだったからだ。
「俺、あいつの『射』のファンなの」
森野は事も無げに答えた。
「ファン?」