放課後シリーズ
八割方的中の射。今日は結構集中しているな…と小橋は思った。この副将はなかなかエンジンがかからないので有名だ。試合はともかく、練習ではすぐに「飽きた」と控えに座ってしまう。それでいて試合となるとあっさりベスト4に残って、団体戦ではほとんど外さなかった。
小橋は隣に人の気配を感じて顔を向けた。杉浦が腰を下ろすところだった。確か主将を探しに行ったはず。
「森野先輩は?」
声を抑えて耳打ちする。
「見つけた。一応、言うだけ言って来た」
「上芝先輩がここにいるの、言ったのか?」
「うん。なんだ、これ? 上芝親衛隊かよ」
上芝の射に見入る一年生と、上座に座るOBの表情を見ながら、杉浦が言った。小橋はギャラリーの様子を見回し苦笑する。その視線は、弓道場の入り口に止まった。
小橋の視線に気づいて、杉浦が振り返った。森野皓だ。二人が顔を見合わせる間に彼は一礼して道場に入り、静かな動作で上芝知己の左の射位についた。
弓を番え、物見から引き分け。流れるような動作で、二本の弓は交互に音を発した。主将と副将が並び射る姿に、小橋も杉浦も見入ってしまう。
森野の弓は上芝とは対照的だ。『柔よく剛を制す』と言葉があるが、森野の弓は『剛よく全てを制す』だった。すべてを圧してねじ伏せる。
「力任せに引くだけの、威圧する射ぁやんけ。見てるだけで疲れるわ」
とは上芝の言葉だ。
標準的な体型で、際立って大きいわけでもない森野であったが、弓を引く姿はかなり大きく見えた。周りの空気をすべて取り込んで、エネルギーにしているかのようで、圧倒された他の射手は、自分の射を一瞬、忘れてしまうのだった。
上芝は射位から外れ、記録をつけていた一年生のところに近づいた。記録ノートを覗き込むと、それから道場を出て行った。
小橋もそのノートを見る。五十二本引いて四十三本までは、八割方がほぼ的心に的中、後の九本は皆中ではあるものの、的心からは大きく外れていた。森野が隣で引き始めてからの射だ。上芝が出際に小さく息を吐いたように見えたのは、気のせいだろうか?
GW合宿は三、四、五日の三連休を利用して、校内で行われる。寝泊りはレクリエーション・ルーム、当然、学生食堂は稼動していないから、三食は部員の当番制で作られた。