放課後シリーズ
第三回 微かな熱
私立遥明学院高校弓道部のゴールデン・ウィーク合宿は、二日目に入っていた。
巻き藁の準備をしている二年生の杉浦と小橋に、
「杉浦、小橋、極悪コンビはどこ行ったんだ?」
と声がかかる。振り返るとOBの森野顕(あきら)が立っていた。杉浦と小橋は「知りません」と答えたかった。しかし、体育会系の上下関係にそれは許されない。二人は唇を一度引き結んで、極悪コンビの行方を各自の中で確認する。
『極悪コンビ』と言うのは、弓道部・現主将の森野皓(ひかる)と、副将の上芝知己のことである。二人とも遥明史上最強の射手でありながら、最悪の主将・副将と言われていた。前者はとにかく基礎練習嫌いのサボり魔王、後者は面倒くさがり屋でマイペース大王。二年生の杉浦祥吾と小橋裕也に運営から後輩指導まで押し付けて、いつもどこかに姿をくらましていた。
「上芝先輩は一年生が見てます」
上芝知己の行方を小橋が答えた。と言っても、これは三十分ほど前までの情報で最新ではない。
「お、新入生の射を見てんのか?」
森野兄が意外そうに聞き返す。
小橋は、『を』ではなく『が』だと助詞を訂正した。つまり上芝が練習している様子を、新入部員が見学しているのだと。
――あのものぐさが指導なんかするもんか
とは、小橋の心の声である。
「何であれ上芝は良しとして、皓だ。杉浦、皓を探してこい。まったく、何のためのGW合宿なんだ」
――あんたの弟でしょうが
これは杉浦。やはり面と向かって声に出来るはずもなく、杉浦は短く「ウス」と返事をして駆け出した。主将の行きそうな場所は察しがついている。こんな天気の良い日は、たいてい裏庭の楠木の根元か、中庭の生垣の裏側か、屋上の貯水タンクの陰で寝転がっているはずだった。気温も上がってきたし、多分、涼しげな蔭を作る楠木の根元辺り。森野のお守りを新入生の頃からさせられて得た知識だが、それもなんだか釈然としない。
「小橋は上芝が逃げないように見張っておけよ。俺達は二、三年を見るから」
走って行く杉浦の後姿を気の毒に思いながら見送っていた小橋は、自分にもお鉢が回ってきてため息をついた。それから杉浦同様、無用な口答えをせず、「はい」と答えて弓道場に向かった。