放課後シリーズ
このやり取りは笑いを誘った。「サボり魔だ」「ものぐさだ」「やる気が見えない」と、OBや三年生達にとって『頭痛の種』の二人は、しかしさりげなくカリスマ性を持っていて、姿が在れば輪の中心になる。今も、知らない間に彼らの周りには先輩、後輩問わずに人が集まっていた。会話はカリスマに似合わず低次元だったが、案外、そう言ったものかも知れないな…と小橋は思った。
「あほ。おまえの射は手本になるか。力任せに引くだけの、威圧する射ぁやんけ。見てるだけで疲れるわ」
上芝はそう言うと残ったポカリを飲み干して、ゴミ入れに放り込んだ。それから学食の出入り口に向かって歩き出す。
「あ、逃げる気か?」
森野の声に、「眼鏡、取ってくる」と上芝は応えた。道場を出た時同様、ついて行けと副主将が指示するので、仕方なく小橋は後を追う。
今度こそ上芝の足はレクリエーション・ルームへ向かっていた。その後ろ姿を見ながら、小橋は学食を出る直前に彼が言った事を思い出す。冗談のような口調だったが、なぜか記憶の片隅に残る――力任セニ引クダケノ、威圧スル射。見テルダケデ疲レル
それを聞いた時の感覚は、さっき、みんなが入ってくる前に聞き逃した上芝の言葉にも被った。それと連続行射で練習する際の奇妙な彼の癖にも。
「先輩?」
前を行く上芝はレクリエーション・ルームのはるか手前で右に曲がった。それは弓道場への通路だ。つい十五分前に通った道を逆戻りしたことになる。
「今のうちに引いてく」
「眼鏡は? ダメになったんでしょう?」
小橋の問いに上芝は、道着の合わせに引っ掛けていた壊れた眼鏡をかけた。歪んだ蔓のせいでヒビの入ったレンズの側が、不自然に下がる。
「これで十分」
と不適な笑みで答えると、足早に道場に入った。もちろん、一礼は忘れない。当然、小橋も後に続く。訳もわからないままに。
気ままに見える上芝の行動を、彼が引退する三年の秋までの間、お守り役の小橋は時折、目にすることになる。漠然と感じた『感覚』の本質が、実はその気ままな行動のベースにあることに小橋自身が気づくまで、まだしばらくの時間が必要だった。