放課後シリーズ
「コンタクト合わへんねん。ハードは違和感ひどーて、前に慣れんうちに落としてパアにしたことがある。ソフトはきつい近眼と乱視やからなかなか度ぅ合わんし、手入れがメンドいからな」
「最後の理由は先輩らしいッスね」
「キツイな、自分」
それにしても、少し時間をかければコンタクトには慣れるものじゃないのだろうか? 上芝の射はこの春からしか見たことのない小橋だが、確かに正しい姿勢で引く彼に、眼鏡の存在は感じられなかった。ただ、いつもそうとは限らない。 実際、今日は弦で払ってしまったじゃないか。
「慣れるん待っとったら、引き離される」
上芝は独りごちた。まるで小橋の心の内の疑問に応えるかのように。言葉尻を捕らえ損なって、「え?」と彼に問い返す。上芝は唇の端を上げる笑顔を作るだけで、繰り返さない。
――もしかして俺、大事なこと聞き逃した?
ある意味、無敵の上芝の弱みだったかも知れないのに。「しまった」と言う表情が浮かんだのが、自分でもわかった。
学食の入り口から声が聞こえた。弓道部員が数人、入ってくる。壁にかかった時計を見ると午後四時。予定の休憩時間だ。その一群の中には森野とそのお守り役・杉浦もいた。
「あ、上芝ぁ、ズリーぞ。先にフケて和んでんじゃねーよ」
森野が上芝を指差して叫んだ。「あっ」と言う間に近づいてきて、上芝の持つ缶を指で弾いた。
「眼鏡、壊してしもて、スペア取りに来ただけや」
「何、言ってやがる。レク・ルームと反対方向じゃん、ここ」
自販機に小銭を入れながら、森野はあきれたように言った。彼も二本、缶ジュースを取り出して、一本を傍らの後輩・杉浦に渡した。そう言ったところは、先輩らしく見えなくもない。ただし杉浦の手に渡ったのは甘いオレンジ・ジュース。彼は甘い物が大の苦手なのだが、後輩の好みなど把握しているはずもない。小橋はこっそり、飲みさしの自分のポカリと交換してやった。
「休憩済んだら、こいつらの射、見てやれってさ」
「俺、教えんの苦手やねんけど。おまえら、見て盗めよ」
「職人の修行じゃないっつーの」
「ほな、俺が見本見せるし。森野が指導しろや」
「えー、俺も引くのがいい! ジャンケンで決めよーぜ」