フェリオス年代記996
「ひどいしもやけでさ、お湯で手当てしないとやばいみたいなんだ・・・」
ベルティーナは小首をかしげさらに問いかけた。
「行軍やめちゃわないといけない?」
「先輩、この地域周辺は天候の変化の激しいところなので、現在降雪中という事も考慮に入れて考えると、治療のために何人か切り離すと遭難の恐れがあるのでとてもお勧めは出来ません」
一瞬でこの返答を返すあたりジウベルトはまさにかわいい副官という以上に優秀な副官であると言えるだろう。 ベルティーナはジウベルト君に向き直り問いかける。 「この近くに村はある?」
「北に2時間ほど行けばオルシュティン教徒の住むルパーラ村があります。今日の予定を変更してそこに向かえば予定の遅れも・・・大体4時間ほどですね。かといって休息をとった上で今日の目的地点に向かうと確実に到着が夜間になってしまうので、この天候ですしかなり危険だと思います」
ベルティーナはそれを聞くと目を閉じ深いため息をついた。
「しょうがないわね。とりあえず一旦休止を命じます。ミケーレ、ちょっとみんなにつたえてきて頂戴」
ミケーレはそれを聞くと右手を左胸に当てるフォッジアス軍の敬礼をしながら了解したと言いつつ馬首をめぐらせ各科の責任者に伝えに走る。ベルティーナはそれを見送るとイヴァンに振り向き馬をよせ、その耳元につぶやいた。
「さて、それじゃあラファエーレ君のお見舞いに行きますわよ」と妖艶な声で囁かれ、イヴァンはラファエーレの無事を心の底で密かに願ったという。
ジウベルト君はそのときベルティーナの口元に浮かんだ笑みを見逃さなかったとか。
イヴァン達がラファエーレの所に到着するとすでにクラリーチェとヴェネリオが湯を沸かす準備をしており、先ほど伝令にでたミケーレもすでにラファエーレの様子を見に来ていた。
彼らはイヴァン達に気がつくと右手を左胸にあてるフォッジアス軍の敬礼をする。 ベルティーナはそれに返礼を返し,その赤い髪を風に優雅にたなびかせながら馬を降りラファエーレの元に向かう。
「あ、あの・・・」
ラファエーレが何か言おうとするのをベルティーナは無視しながらおもむろに毛布を剥ぎ取り凍傷にかかった部位を確認する。 そしてクラリーチェとヴェネリオを呼びよせ説明を求めた。
二人は丁寧な言葉遣いで説明し、ベルティーナは説明を聞き終わるとそれまで無視していたラファエーレにくるりと向き直る。
すでに観念したのかラファエーレは蒼白な面持ちでベルティーナを見ていた。
「ラファエーレさん夜はちゃんと靴を乾かすようにといっておいたはずでしたわよね?あなたのせいで行軍予定が遅れてしまったんだけど、なにか言うことはある?」
ベルティーナと目をあわさずうつむき、暗い表情でラファエーレは言った。
「いえ、・・・あのっ、すみません全部俺のせいでこんなことになってしまって」
「すみませんじゃ、すみませんわよね」
「はい・・・。そうですよね・・・」
ベルティーナにそう言われラファエーレはますます落ち込みしょんぼりしてるところに、全身全霊の力がこもったベルティーナの平手打ちがラファエーレにお見舞いされ、ぶはっと叫びながら彼は華麗に荷台からふっとんでいく。
フォッジアスの至宝と呼ばれたベルティーナには色々問題があり、遠くから眺める分はいいのだが近づくと痛い目に会うことが往々にしてある。
ほかの混成小隊からは戦女神と称えられ彼女の小隊員はうらやましがられるが 、彼女の隊の小隊員は3年生でさえ彼女を恐れ下手なことは一切言わないし、恐ろしいほど従順なのである。彼女の小隊員は影では彼女の事を、「初見殺しのS魔神」と呼んでいるがSの意味はAより上、とかスーパーとかの頭文字ではない、ある意味スペシャルではあるが別の意味のSである。
ラファエーレは雪の積もった地面に転がり頬を押さえて痛がっているが、だれも助けには行かない。初見殺しのS魔神がビンタ一発で終わらせるはずが無いのだ。へたに助けると当事者以上の悲劇をその身にこうむることを皆知っているので見守るしかない。
イヴァンはそれを何度も見ているので今回もしょうがないのだとあきらめ、後輩を眺めていたが、ふと自分に向けられる視線に気づき、その方向をみてみるとクラリーチェが止めてほしそうな目でイヴァンをみていた。
さらにまわりを見回すとジウベルトやヴェネリオもなんとかしろと目で訴えかけているようだし、ミケーレはイヴァンと目が会うと、とめてやれ、と口を動かす(音声なし)。そうしている間にもベルティーナがつかつかと転がっているラファエーレのもとに歩み寄り、軍衣をつかんで引起そうとしているのを見て今日何回目かの大きなため息をついた。
「ベルティーナもうその辺で許してやってくれないか?早く手当てしてやらないといけないしさ」
それを聞いたベルティーナは無表情のままラファエーレを引起す手を止めてイヴァンを一瞥する。
イヴァンは一瞬ドキリと冷や汗が出るのを感じたが、次の瞬間ベルティーナは体の力を抜いた様子でこう言った。
「しょうがないわね、彼はこれで許してあげます」
彼は?と問題発言を発しながらラファエーレを離し、雪の積もった地面に転がすのを見た周りのものはとりあえず胸をなでおろし、クラリーチェがラファエーレに駆け寄ろうとした瞬間、ベルティーナはラファエーレの腹部に蹴りをぶち込みラファエーレは地面を転がっていく。
「これでって、その蹴りか・・・」と思わずつぶやく。
「正解」腰に両手をあてケロリとした表情で答えるとイヴァンはあきらめたように首を横にふっていると、 ベルティーナより頭一つほど大きな4人の歩兵科の3年生が横一列に並んでこちらにやってきた。
彼女は彼らを見て小首をかしげる。
「あなたたちはいったいなに?」
そういわれると4人の歩兵は右手を胸に当てながら、その中のリーダーらしい男が代表して大きな声で答える。
「我々はラファエーレの班の者です。ラファエーレの不始末は私達の不始末でもありますので甘んじて罰を受けに参りました!」
そこまで言うと彼らは胸に当てた手を下ろし、直立不動の態勢で身構える。彼らはこれから周りの者に加えられるとばっちりや八つ当たりを身をもって自分達だけで食い止めようというのだ。まさに漢である。
それを聞くとベルティーナはニヤリと不適な笑みを浮かべ右手を軽く振りながら4人に歩み寄って行った。
「へー、まったくいい心がけよね、感心したわ」
「ありごとうございます!!」
そしてベルティーナは一番体格のいい歩兵のあごを人差し指で軽く持ち上げる。
「では・・・あなたから、番号!!」 大きな声で彼女は指示しすると4人の兵士たちは順番に自分の番号を大声をで叫んでいく。
「1!」ドカッ!!
「2!」バキィ!ゴッ!!
「3!」ズドッ!!ガスッ!グシャ!
「4!」ガン!ゴン!ガツッ!ドンッ!
番号順に番号と同じ数だけとんでもない速さでぶん殴られ地べたに転がって行く。
作品名:フェリオス年代記996 作家名:siroinutan