フェリオス年代記996
「ベルティーナ先輩の髪飾り、薔薇ですよね?イヴァン先輩の紋章は薔薇なんですけど何か関係があるんですか?」
といきなり推理力全開で、さらになんとなく聞きにくい事シールドをも突き破って容赦なく疑問を議題に乗せたのだった。
まだ核心部分から距離があると思い込んでいたイヴァンは、思わずぶっ倒れそうになったものの何とか踏みとどまる事に成功した。
だが、もはや戦闘力は無い。そしてみんながベルティーナの方に視線を向けると、いつもベルティーナが誰かに嫌がらせをするときに見せる笑顔がそこにあった。
今、イヴァンが何か行動を起こすと、その行動すべてがマイナスのベクトルを持ってしまい、ベルティーナがそれにわずかな力を加えるとさらに級数的にマイナスされ、”すごいベルティーナ信者”というレッテルを貼られてしまう事になりかねない。
かといって何もしなくてもベルティーナの言葉一つで”普通のベルティーナ信者”扱いをされてしまうという絶体絶命の状況であった。
イヴァンが目をおどらせ、挙動不審になっている様子を見ていたベルティーナはやれやれと頭を振り
「わたしの紋章が斧なのは皆さんご存知ですわよね」と皆を見回すとイヴァン以外は頷いた。
「ですけど、今、斧を持っている方、兵士かもしれませんし、木こりの方かもしれませんが、その方々とはわたくし、なんの関係もございませんわ…。つまり、そういう事ですわジウベルト君」
非の打ち所の無い優雅な物言いで皆は納得したようだった。
「まあ、そりゃそうだよな、デルネーリ先生も猫の紋章だけど猫達と関係ないもんな、可愛いすぎて笑えるけど」
納得したようだがついでに本人に聞かれたら決闘ものの問題発言をするミケーレ。猫にしか見えないが真実はライオンである。
「論理がごういんですよ〜ジウベルトさんってば〜」
「すみません僕、変な勘違いをしてしまって」
そういうとジウベルト君は素直に頭を下げると ベルティーナはとてつもなく嬉しそうな笑顔をイヴァンに向けて問いかけた。
「別に謝らなくてもよろしくてよ、ね、イヴァン」
そこでようやく自分が助かったのだと認識できたイヴァンは気を取り直すと、
「あ、ああ!許す!!」と短く答えた。
「ありがとうございますイヴァン先輩」 ジウベルト君もにこやかに礼を言う。
それをみたイヴァンは得意げに腕を組みさらに口を開く。
「大体なあ、俺の紋章は薔薇だけど今薔薇を売ってる花売りの少女とはなんの関係も無いんだ!つまり、そういうことだ!」
と得意げに言うとすかさずミケーレが突っ込みを入れる。
「思いっきり言ってる事がベルティーナのパクリじゃねーか!!」
「あー、ほんとだ、自分では考えて言ったつもりなのに思いっきりパクってたわ」
爆笑が起こった。いつも楽しげな事の中心にいるのはイヴァンだった。
食堂に居る他の兵科の面々も、親しい者はなになにどうしたのとイヴァン達のテーブルに集まっていき、また笑いが起きる。
その時、食堂の扉が開きつかつかとチェインメイルに白地に黒で熊を染め抜いた軍衣を身に着けたベネディクティスが入ってきた。
食堂に居る生徒は皆何事かとベネディクティスに注目する。
「昼休み終了後に全員戦闘装備で城門前広場に集合!ここに居ないものにも伝えろ!あとはベルティーナ、お前に任せる。以上だ」
と男らしい口調でベネ先生がメガネの位置を直しながら告げるとすぐに部屋から立ち去った。
それを聞いた食堂にいる生徒達は何事かとざわついており、それはイヴァン達も例外ではなかった。
ベルティーナはイヴァンと目を見合わせるとすぐに立ち上がった。
「みんな聞いて頂戴!各兵科はすぐにここに居ない連中を確認して」
ベルティーナはそこまで言うとしばらく時間を置き、ざわめきが収まると大きくよく通る声で言った。
「医学科及び薬学科報告して!」
少し離れた席でヴェネリオが立ち上がる。
「医学科、薬学科共に全員そろってます」
「おーけー、次っ、工兵科!」
「一名いません!!」
「では5名はいるわけね、あなたが責任者となってすぐ探しにいって伝えて頂戴!どうしても居なかったら…わたくしに連絡して指示を仰ぐように!」
「はいっ!」
そう返事するやいなや工兵科5名は食堂から出て行く。
「歩兵科報告!」
「12名居ません」
「わかった。33人で手分けして伝えて!責任者はあなた。了解?」
「はっ!」
歩兵科は人数が多い分学年単位で手分けするようで少しの間打ち合わせをした後ぞろぞろと食堂を出て行く。
それを見届けたベルティーナは残ったイヴァン達と医学科、薬学科を見回して言った。
「じゃあ皆、後で会いましょう」
残った生徒はそれにうなずくと食器を片付け解散した。
昼休みが終わる前までには一人も欠けることなく全員が戦闘装備を整えて城門前に整列していた。
生徒達は多少不安な面持ちをして、近くの仲間と話し込んでおり、それはイヴァン達も同様であった。
「おいイヴァン。これから一体何するんだろうな。なんか知ってるか?」
とイヴァンの隣にいるミケーレが尋ねると、イヴァンはもちろん何も知らないので首を振った。
「いや、わからないな…。でも戦闘装備で、」とそこ一旦言葉を切り、用意された荷馬車を指差す。
「食料とその他装備持参って事はだ…甘い事は考えない方が身のためだろうな。」
「だよなー…」
そう言ってミケーレはひどく落ち込んだように肩を落とすと、 ちょうど昼休み終了の鐘が学校中に響き渡った。
それから小隊員達は私語もなく、整然と姿勢を正して天命を待った。
一、二分程するとベネディクティス先生が校舎から現れ、イヴァン達の前に立った。
「敬礼っ!」とベルティーナがよく通る気合のこもった声で掛け声を掛けると、 ベルティーナ以下60名は同時に敬礼をし、ベネディクティス先生が返礼する。
その数瞬あとにベルティーナがりりしく「直れっ!!」の合図でザッ!と、生徒達が同時に胸に当てた手を下ろし直立不動の姿勢をとった。
そしてベネディクティス先生は小隊員を見回した後「休め!」と声を掛けると生徒は一斉に肩幅程に足を開き腕を後ろに組んだ。
これが兵学校の軍事教練開始時の一連の動作である。
ちなみに通常の学科授業の場合は「起立」「気をつけ」「礼」「着席」である。
小隊員達は先生の言葉を待ったが一向にしゃべる気配が無く、口を真一文字に引き結んで目を閉じていた。
生徒達は一様に緊張し、言葉を待つ。
20秒程待った頃、ベネディクティスはメガネの位置を直すと意を決したように告げた。
「昨夜、王都のオルシュティン教会が十数名の賊によって襲撃され、司祭を含む聖職者と学生あわせて42名。それと聖堂守備の兵士10名の計52名が死亡。その後、城門守備隊と城内の守備兵約50名が戦闘を行い、その結果45名が死亡、まんまと賊に逃亡される前代未聞の大事件が起こった。」
ベネディクティスはそこまで言うと全員の様子を確認する。
みなこれから何をするかの予想がついた表情、つまりいくさにかりだされる若者の顔をしていた。
世間一般の若者と比べればはるかに戦に対する心構えが出来ているとはいえ、やはり緊張するものだ。
作品名:フェリオス年代記996 作家名:siroinutan