フェリオス年代記996
「学校の職員室から今までだ」
「わかりましたわ」
「俺もわかりました」
「うむ、よろしい。では俺は王城に用事があるからおまえらはこのまま帰れ。もう掃除も終わってる頃だろうから門限までに戻ればいい。では解散。帰りは気をつけて帰れ」
そこまで言うとデルネーリはきびすを返して王城の方へ向って立ち去って行った。
イヴァンとベルティーナはデルネーリの後姿を見送ると顔を見合わせる。
「じゃあ帰るか」
「そうね」
とイヴァンらは正門のほうへと歩いていく。
広場に面したあたりは露天商や商店が軒を連ねており、ちらりとイヴァンがある露天に目を向けると女性用の薔薇の髪飾りが目に付いた。自分の紋章がド派手な薔薇であるためついつい薔薇の形のものを見るとふらふらと寄っていってしまう癖があったのだ。
そのためイヴァンの意識がはっきりしたときにはすでに露天の前でその髪飾りを手に取ってしまっていた。
「いらっしゃい騎士殿。彼女にプレゼントですか?」
「あ、いや…そういうわけでは…」
といいつつ細部まで目を凝らすとなかなか手の込んだ一品で純銀製…かどうかは判りかねたがデザインもよく、なかなかの業物であるのは間違いなかった。
ちょうどその時「どうしたの?」とベルティーナが後ろから声をかけてきてとことこと駆け寄ってくる足音が聞こえる。
「おいちゃん、これいくらすんの?」
デナル銀貨5枚でいいですよ。
「高っ!」と抜群の反応速度で驚くイヴァン。
それに対して店主が
「その髪飾りの飾りの部分は高純度な銀で作ってまして、どうしてもそれくらいの値段にになっちまうんですよ。へへっ」
と愛想笑いを浮かべながら店主は言った。
なかなかこれはいいものだ…自分は装備できないけど…。しかし友達にこんなもの持ってるところ見られたらなんて言われるかわからんな…あ!そうだ!クラリーチェ付けて貰うか!そしたら何気なくいつも見られるぞ!その薔薇の髪飾りを…と自分に言い訳するように考えたイヴァンはポケットから銀貨5枚を取り出し店主に渡す。
「まいどあり!!ってよく見たら騎士殿の彼女さん美人度すげえ!!」
と隣にいたベルティーナに気づいた店主は驚き、腰を抜かさんばかりに驚いた。
当の驚かれたベルティーナもビクリとするがちょいちょいと手を振り
「わたしよわたし、フォルテの…」
「あ、ああ!これはこれはフォルテのお嬢様でしたか。これは失礼いたしました。いつもと様子が違うので気がつきませんで、へへ」
「いつもはこんなカッコなんてしてませんものね。しょうがありませんわ」
と斧の紋章の入ったマントを手でひらひらと動かしてみせる。
「でも何を着てもお似合いで」
「ありがと、また何かいいものが手に入ったらお屋敷にでもよってくださいな」
「ええ、そのときは是非ごひいきに。あ、と、騎士様お待たせしました。えーと商品はお持ちですよね?どもまいどありぃ。イヒヒ、がんばってくださいね。ではまたごひいきに〜」
イヒヒと嫌らしい笑い声で挨拶され、苦笑とともにイヴァンは店舗を後にするとベルティーナは店主に軽く手を振りながらすぐにイヴァンの隣に並ぶ。イヴァンは何か否定しなければいけない事を店主に言われた気がしたが、もう会う事も無いだろうと特に気にする事はなかった。
「ベルティーナあの親父と面識あったんだな?」
「ええまあ、だって王都のお屋敷はこの近くですのでよく露天はのぞいてましたの」
「へ〜えそっかあ」
と何気ない話をしてたのだが、ベルティーナはイヴァンの持つ髪飾りが気になってしょうがない様子でそわそわしている。
「あ、あのさ、イヴァンって薔薇、好きなの?」
と意を決してベルティーナが切り出す。
「あ、う〜ん、昔はなんてこと無かったんだけど最近は自分の紋章が薔薇だしなんとなく気になる感じ?かな?」 「そ、そう、紋章と同じだからなの…。わ、わたくしも好きかなーって思いますわ、薔薇って素敵ですわよねー」 「う、うん、そう?」といつもと様子の違うベルティーナにいぶかしみながらイヴァンは答え、手の中にある髪飾りを見つめるているとベルティーナもじっとイヴァンを見ている事に気がついた。
「ちょ、なんだよ。どうしたんだベル。早く帰ろうぜ」
そうイヴァンが言うと今まで機嫌のよさそうだったベルティーナの様子ががらりと変わった。
「な、なんでもありませんわ!あなたなんかに言われるまでも無くさっさと帰りますわよ!」
と言うが早いが今度はすごい勢いで歩き出す。
「お、おい」
イヴァンが呼んでもスピードを落とすことなく声なんか聞こえてないように振舞うベルティーナ。
「……おまえ、もしかしてこれ、欲しいのか?」
ぽつりとイヴァンがつぶやくように言うとピタリとベルティーナは立ち止まりクルリと振り返る。
「そ、そんな物、ほ、ほしいわけないでしょう!?こ、このわたくしが!?」
と、しどろもどろに答えるベルティーナを見て、しょうがないなとひとこと言ったあとに、イヴァンはベルティーナの手をとり、その手のひらに髪飾りを載せる。
「これ、やるよ。いつも世話になってるし今日も馬くれたしな。いつもありがとう、ベル」
「イヴァン…」
ベルティーナはもらった薔薇の髪飾りを両手で大事そうに持ち、それをじっと見つめ頬を赤らめた。 そのやり取りの後、また何事も無かったように二人は並んで歩き始め、数秒たった時事件は起こった。
「たく、欲しいなら欲しいと早く言えばいいのに」とイヴァンはまた言わなくてもいい一言を言ってしまったのだ。 ベルティーナはその言葉にピクリと反応し、歩みを止めてすこし低い声音で恐ろしい事実を告げた。
「自分の紋章の付いた髪飾りを送るなんて、どこの誰がどんな見方をしても」そこまで言うと一旦ベルティーナは言葉を切った。
「ん?なんだ?」といぶかるイヴァン。
「きゅ、求婚以外には見えようがありませんわよね!!」
「な、なにーーーーーーーーーー!!」
とイヴァンは道端で大声で叫んでしまうと、通りを歩いていた人々から変な目でみられ、こそこそと噂話をされているがもはやどうでもいいことであった。
イヴァンはわなわなとベルティーナに左手を差し出し、そして告げた。
「それ返せ」と。そして一歩ベルティーナに歩み寄る。
それをみたベルティーナは止まれとばかりに右手を突き出し、そして告げる。
「それ以上近づかないで!近づくと皆に言いふらすわよ。イヴァンがわたくしに求婚したって!!」
イヴァンはその時すべて悟り、その場にガクリとひざをついた。
すべては策略だったのだ、イヴァンに対する決定的な弱みを握るための…。
宝飾品の露天で薔薇の髪飾りを見ていたときから考えられ、組立て、実行したほんの一瞬の隙を突く巧妙な作戦。
「アハハハハハハ、ありがとうイヴァン。これ大事にしますわね。アハハハハ」
と、とてつもなく悪そうな笑い声でひざを落としたイヴァンに笑いかけるベルティーナ。 終わった…、何もかも…、とイヴァンは体の力が抜けていくのを感じたが、もう一度だけ最後の力を振り絞り立ち上がった。
「違うぞベル!それは薔薇だ。ただの薔薇の髪飾りだ!!」
作品名:フェリオス年代記996 作家名:siroinutan