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(続)湯西川にて 11~15

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(続)湯西川にて (14) 和田漁港

 岬の突端をくるりと回り込むと、いっぺんに視界が開け、
漁港を懐に抱く本来の和田の街並みが見えてきました。
和田漁港には、もともと仁我浦、和田、小浦、真浦という4つの小さな
漁港が、海岸に沿って点々と存在をしていました。
それらを、ひとまとまりの大きな港として再形成したものが
現在に至る形の和田漁港です。

 同時に、毎年ツチクジラ26頭が水揚げされる、
関東地方では唯一の、沿岸捕鯨の基地としても知られています。
その和田漁港が、なにやら只ならぬ様子で賑わっている雰囲気が、遠目にも
はっきりと見えるようになってきました。


 「もしかしたら、捕鯨が有ったのかもしれないな・・・・
 少し、様子を見に行こうぜ。清子」


 「もう、充分にクジラはいただきました。
 今欲しいのは、鯨よりも美味しいデザートのほうかしら・・・うふふ。
 解体ショ―を見せるくれると言う、例の捕鯨の漁港でしょう。
 あたし、残酷なのはちょっぴり、苦手なの」


 そう言っている傍からもうクラウンは、漁港への道を走り始めています。
大きいといってもただ単に、沖合に向かって大きく長い堤防を
作っただけの漁港です。
昔のままの姿を見せる集落が、点在をしているだけというのが
和田町の市街です。
漁港の駐車所へ滑り込んだクラウンが、徐行運転のまま、
漁港の建屋に近づいていきます。
運転席の清子が、顔見知りをいち早く見つけて車を停めました。



 「今日は、美人さんにばかりよく行き会います。
 昨日とは、少し様子が異なりますが、
 あれはたしか病院で行き会った、柿崎さんのお嬢さんの、
 さっちゃんのようです。
 こんにちは。ごきげんよう。さきさん」

 
 窓を開けた清子が、建物から出てきたばかりの女性に、
自信たっぷりに声をかけています。
大きな麦わら帽子を被り、赤い縁取りのメガネをかけた女性が、
運転席の清子に気がついて、軽い足取りで車へ駆けつけてきました。


 「あら、清子さん。トシさんもご一緒ですか。
 本日は、退院おめでとうございます。
 こんにちは、清子さん。昨日はどうも。
 早速こちらにお見えという事は、ツチクジラが揚がったことを
 もうご存知ですか。
 解体は明日の未明からで、いまは下処理として湾内で内臓とガス抜きの
 処置などをしている最中です。
 今なら特等席で、ご覧になれますよ。行って見ますか」


 「あたし、残酷なものは苦手なのよねぇ」と言いつつ
すでに清子は運転席を降り、スタスタと歩いて助手席のドアに迫っています。


 「解体になると、大量にクジラの血なども流れますので、
 感受性の強いお子さんなどには、少し刺激が強すぎるようです。
 でも、現時点の工程は、熟成が主な目的ですので、
 腐乱防止の処置だけをして、
 ただ海に浮かべているだけの状態になっています。
 ご覧になるのでしたら、今が段階が一番に無難です」


 「さきさんは、全然平気なの?やっぱり海の女は強いわね」


 「こればからは嫌が応も、ありません。
 これが私の仕事です」

 ピンクのTシャツに、足にぴったりとしたジーンズというスタイルからは
昨日感じた良家の娘さんという、あの育ちの良さは漂っていません。
「これが嘘も偽りもない、普段のままの私の姿です」と、
麦わら帽子を胸に抱いて、化粧っけのない顔でさちが明るく笑います。


 「昨日の病院では、清子さんがあまりにも凛としていて
 見るからに素敵でしたので、ついついムキになりすぎました。
 柄にもなくあんな風に、良家のお嬢さんなどを演じてしまいました。
 普段はお化粧もあまりしません。
 書類を抱えてこんな格好のまま、漁港内を飛び回っている、
 あまり取り柄のない、ただのやんちゃな娘です」


 さきが目を細めて「ごめんなさい」と笑います。
助手席から立ち上がった俊彦が、左手を清子の肩にかけてきます。

(あら。歩きにくいものだから、やっとその気になったのかしら。
 遅いわよ・・・・でもまぁ、私にすれば、まんざらでもありませんが)

 歩きやすいようにと、清子がこころもち俊彦の斜め前方に
位置取りをします。

 「クジラのドッグは、この先です」 

 
 さきが指をさした漁港の先端には、先ほどから撮影機材を担いで
忙しく動き回っている集団の姿が見えます。
それも、1組だけではありません。
よく見れば、クジラのドッグを取り囲む堤防の上には、
地方新聞社の腕章を巻いた記者やカメラマンたちの姿も入り混じっています。


 「ツチクジラの捕獲は、このあたりではちょっとしたイベントです。
 今日は、明日のお祭り騒ぎの、前夜祭みたいなものです」


 (あら・・・・)
振り返ったさきが、そこまで説明をしてからまた微笑んでいます。
クジラのドッグへ向かって、あまりにも接近をしたまま支えあって
仲良く歩く二人の様子を、さきが目を細めて満面の笑みで見つめています。