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護国の騎士

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「ラスティン」
 名を呼ばれて、俺は顔を上げた。
 声の主は俺の直属の上司、この国を護る騎士団の団長だ。向かいの机で頬杖をついてこちらを見ている。
「例の街を襲う魔物の件だ。討伐隊の最新の報告を教えてくれ」
 団長の求めに応じて、俺は必要な書類を出す。今朝届けられたばかりの報告書は探すまでもなくすぐに見つかった。
「討伐隊の報告によると、今回も討伐に失敗し撤退したようです。今回は死傷者の数も多く、討伐隊はかなりの痛手を受けています」
 報告書につづられていたのは、数か月前に突如出現した巨大な魔物のことだった。魔物は王都近くの町や村を繰り返し襲い、甚大な被害を与えている。国民の生命はもちろん、物資の生産や流通も脅かされ始め、すぐに魔物の討伐隊が組織された。
 魔物の討伐は騎士団の重要な責務だ。これまでに何度もやってきたこと。今まで通りにやっていれば、すぐに討伐できるだろうと思われていた。
 しかし、今回ばかりは違った。件の魔物は相当手ごわく、討伐隊は何度も撤退を強いられたのだ。当然被害は広がるばかりで、魔物もこの地を去る様子はない。
「ふむ。それで、件の魔物の様子はどうだ?」
「かなり手ごわいようです。まず大きさからして通常の魔物とは異なり、その巨体ゆえ剣もまともに通じません。また魔法のようなものを操るため、全く歯が立ちません」
「そうか」
 報告を聞いた団長は椅子の背に背中を預けた。目にかかる髪を払い、いいことを思いついたとでもいう風に笑みを浮かべる。
「それほど手ごわい魔物ならば、私が直接、討伐隊を指揮しよう」
「は・・・?」
「ラスティン。おまえにはいつものように私の補佐を任せる。すぐに新しい討伐隊を編成しろ。準備ができ次第出発し、現地の討伐隊と合流する」
「ちょっと待って下さい! いくら手ごわいと言っても所詮魔物の討伐です。団長わざわざ出向かれる必要はないのでは?」
 なにより、団長が王都を離れてしまってどうするのだ。いくら戦乱のない平和な時だからといって、有事はいつ起こるかわからないのだ。もし仮に団長がいない間に王都が魔物に襲われでもしたらどうするのだ。
「例の魔物が出るのは王都の近くなのだろう? いずれ王都にも襲来してくるかもしれない。現に、近隣住民や王都に出入りする人々が襲われているからな。魔物の襲来を防ぎ、国民を護るのが我らが務め。容易には倒せぬ魔物だというならば、私が直接出向いても何ら問題はあるまい」
「王都の守りはどうするのですか」
「部下に任せるさ。少しの間、私がいなくても何の問題もないだろう」
「しかし・・・」
「異論はそこまでだラスティン。これは決定事項だ。すぐに討伐隊を編成しろ」
 反論しても無駄なことはよく分かっている。団長は一度決めたら、よほどのことがない限り翻したりしないのだ。
 特に今回のようなことは。
「・・・承知いたしました」
 仕方なく、俺は命令通り騎士団の名簿を取り出して討伐隊編成を始めたのだった


 数日後、討伐隊を編成した我々は例の魔物がよく出没するという平原に到着した。現地の討伐隊とも合流し、魔物の特徴を元に作戦を立案した後、討伐のためにこの平原に赴いたのだ。
「あれが例の魔物か。なるほど、大きいな」
 団長の視線の先には、平原の真ん中に佇む魔物の姿がある。魔物は想像したよりも遥かに大きく、凶悪な姿をしていた。
「団長、やはり・・・」
「止めても無駄だぞ。ラスティン」
 俺が言い終わる前に団長は先回りして言う。心なしか団長は楽しそうな笑みを口元に浮かべていた。
「まだ何も言っていません」
「どうせ最前線に出るのはやめろというんだろう。ならば言うだけ無駄だ」
 からかうような口調に俺は少しむっとする。
「最前線に出るなとは言いませんよ。むやみに突っ込むのはおやめ下さいと申し上げたかっただけです。団長の実力は存じていますが、万が一団長が倒れられたら、全体の士気にかかわります。それに・・・」
「それに」
「団長は単に国民の安全のため魔物の討伐をするのではなく、自分が前線に立って暴れたいからわざわざ出向いたのではないかと推測しております」
 団長との付き合いも長い。故に団長の性格は誰よりもよく分かっているつもりだ。だてにこの人の副官を務めていない。
「よくわかったな。さすが私の副官だ」
 至極感心したように団長は言う。といっても、この程度のことは考えるまでもなく分かる。もちろん、こういったときの団長の返答も。
「ならば、むやみに突っ込むなという忠告も無駄なことが分かるな?」
「・・・ええ、まあ」
「よろしい」
 そう言ってから、団長は振り返り後ろに控えていた騎士達の方を見た。整然と立ち並ぶ騎士たちは、ある者はこれから向かう任務を思って緊張をみなぎらせ、ある者は恐怖を胸に震えている。その一人一人を見据えながら、団長は口を開いた。
「作戦通り、ローズ隊は左翼。フェアフィールド隊は右翼から例の魔物へ攻撃せよ。残りの各隊は周囲の魔物の討伐に当たれ。臆することはない。いかなる大きさだろうと、どれほどの強さを持とうと、奴は魔物。魔物相手に我らの剣が折れることはない。我らの意志が潰えることはない。騎士の誇りを胸に全身全霊を持って彼の敵を殲滅せよ!」
 団長の命令と鼓舞に、討伐隊の騎士たちが鬨の声を上げる。勇猛果敢な団長の姿に勇気づけられる者は多い。何度も魔物に敗れ、戦う意思を失いかけていた者すら、再び生気を取り戻したようだった。
「ラスティン。お前に私の背中を預ける。私に倒れられては困るというなら、全力で私の背を守るがいい」
 再び平原へと向き直ると、魔物を視界にとらえまま団長は言う。その瞳は獲物を見つけた狩人のように、鋭く魔物を見据えている。
「言われなくてもそうするつもりです」
 武器を構え、俺は団長の後ろに控える。いついかなる時も団長の補佐をするのが副官たる俺の仕事なのだ。今回もその役目を果たすのみである。
「君は頼もしいな。おかげで安心して敵と戦える」
 団長は剣を抜く。よく手入れされた銀の刃が陽光を反射した。その光に気付いたのだろうか。静かに佇んでいた魔物が咆哮をあげてこちらに向かって来た。
「行くぞ!」
 鬨の声と共に、団長は魔物へ向かって走り出す。その後ろを俺は続く。他の騎士たちも、作戦通りに魔物へ向かって突入していく。
 前を走る団長を見て思う。
 団長は強い。どんなに手ごわい奴だろうと、魔物ごときに負けはしない。けれど怪我をされては士気にかかわるから、少し小言を言っておく方がいいのだ。
 この人はまっすぐだ。あの剣のように、力も意志も眼差しも、どこまでもまっすぐなのだ。それはとても心強いものであるし、時に危なっかしくもある。
 ならば自分はその背中を護ろう。この人がまっすぐ前を見ていられるように。敗れることのないように。国を護るこの人を、俺は後ろから支えるのだ。
作品名:護国の騎士 作家名:紫苑