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護国の騎士

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 副官の任に就いてから、俺は素性の知れない傭兵というだけで団長を拒絶したことがいかに愚かなことか思い知らされた。
 団長は将として実に優れた人物だった。与えられた地位に驕ることなく、部下は平等に扱う。リンドラーン出身ではない団長は当然国の内情に詳しくなかったが、それを誤魔化すことも隠すこともせず、意欲的に学び続けた。「リンドラーンの騎士としては皆の方が私より先輩だろう」と言って官職を持たない騎士にも敬意を払い、時に教えを乞うこともあった。魔物討伐の際には率先して剣を掲げ、騎士達の先頭に立って戦う。被害を最小限に抑え、かつ効率の良く動ける作戦を立案し、騎士達を統率することも忘れない。プライド高い年配の騎士達は何かにつけて団長を口さがなくこき下ろし、時にあらぬ噂を流したりもしたが、根拠のないものばかりであったことと、団長が団長たるにふさわしいことは他の誰もが認めることであったから、彼らも次第に口を閉ざすようになっていった。団長が常に毅然とした態度で臨み、どれほど悪しざまに罵られようと他の騎士達にするのと同じように敬意をもって接し続けたことも影響しているだろう。功績があったとはいえ、元・ただの傭兵に騎士団長の位を授けた国王陛下は慧眼であったのだ。
ただ、
「・・・・・・団長、だらだらしてないで仕事してください」
 一つ言えるのは、団長は有事の際に頼りになる人であるということだった。
 温かい日差しが執務机の後ろの窓から差し込んでいる。先日まで続いていた長雨はやみ、ゆっくり散歩でもしたくなるようなうららかな陽気だ。こういう日は爽やかに晴れ上がった空を眺めながら心穏やかに仕事がしたい。したいのだが、自分がどんなに手際よく進めても終わらない仕事というのは存在するのだ。俺はため息をついて、執務室の机に新しい書類の束を置いた。
 どうにもこうにも、団長は定期的にせっつかなければ仕事が進まないどころかやりもしないのだった。魔物討伐となれば率先して働くというのに、デスクワークとなると仕事の進度は亀の歩みよりも遅くなる。団長が仕事をしなければ、副官の俺の仕事も終わらない。いや、終わるどころか溜まっていく一方なのだが、今も仕事をする気など毛頭ないのか、執務机の上には書類の山が築かれている。紙束に埋もれる格好の団長は、窓の外へ向けていた視線を大儀そうに動かしてこちらに向けた。
「そうは言われても、机にしがみついて書き物をするのは私の性に合わないんだ」
「それは知っていますが、それでもやってもらわないと困ります」
 団長はそう言われてもなぁ、と呟き、右手でペンをいじる。書類に目を通して署名し、対処が必要なものと必要ないものに分けるだけの簡単な仕事なのに、ここまで進まないものだろうか。
 当然、俺の仕事は増えるわけで・・・時折、団長が俺を副官にしたのは、面倒な事務作業を全部押し付けたかったからではないかと思うことがある。そうは問屋がおろさなかったが。
「とにかく今日中に終わらせてください。このままでは溜まる一方ですから」
「・・・わかった。ところで、ラスティンには恋人はいないのか?」
「・・・・・・・・・」
――一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「いきなり何の話ですか!」
 五、六回、頭の中で団長のセリフを反芻した後、意味を理解した俺は心底驚いてそう言った。団長は時々、何の関係もない話を何の脈絡もないのに会話に混ぜ込んでくる。それにこちらが戸惑うと、悪戯が成功した子供のように笑うのだ。今も団長はくつくつと愉快そうに笑った。
「単純な興味だ。浮いた話など一つも聞かないからな。故郷に恋人がいるのではないかとか、心に決めた女性がいるのではないかと噂になっていると聞いたぞ」
「・・・そんな話、どこから聞いたんですか」
「君の友人たちだ。先日、酒の肴に聞かせてもらった」
 確かに団長は先日、友人の騎士たちと酒盛りをしていた。というより、友人たちが団長を酒盛りに引っ張り込んだというべきか。どうやらその時に、あることないこと吹きこまれたようだ。
「あいつら・・・余計なことを・・・」
「それで、どうなんだ? 恋人でなくとも心に決めた女性くらいいるんじゃないか?」
「いません。あれは友人が勝手に流した根も葉もない噂です」
 きっぱりそう言うと、団長はつまらなそうにそうかと呟いた。そんな残念そうな顔をされても、恋人の有無は団長を楽しませるためのものではないのだが。
「そういう団長には恋人はいらっしゃらないのですか?」
 妙なことを聞かれた仕返しということもあったが、純粋な興味から俺はそう聞き返した。浮いた話なら団長のとて一つも聞いたことがない。最も、団長が恋しているところなどちょっと想像がつかないが・・・
「恋人はいないが初恋の人ならいるぞ」
・・・思いがけない返答に思わず書類を落としそうになった。
「なんだ。別に驚くことではないだろう」
「いえ、即答されるとは思わなかったもので・・・」
「そうか? 『団長が恋している様子なんて想像できない』と顔に書いてあるぞ」
「気のせいでしょう。団長がそう思っているからそう見えるんじゃないですか?」
「そんなことはない。私の目は確かだ」
「団長の目が確かなら、目の前の書類の山が見えないはずがないと思いますが」
「それとこれとは話が別だ」
 どうやらこのままでは不毛な言い争いが続きそうだ。こういう時の団長は無駄に口が回る上、妙に堂々としているので困る。
「ま、想像できないというなら詳しく教えてやろう。あれは私が幼い子供の頃の話だ」
 団長は頬杖をついてそう言った。俺はそれよりも書類を片付けてくださいと言おうとしたが、話を振ったのは自分であるということを思い出して仕方なく口を閉じた。全く余計なことを聞くんじゃなかった。
「美しくて凛々しい、素敵な人だった。他者のために尽くす人でね。いつも人のために戦っていたよ。私はそんなあの人の姿を見るのが好きで、一日に何度も見に行ったものだ」
「・・・告白はされたんですか?」
「まさか! 出来るわけがないよ。あの人の姿を見るだけで十分だったし、あの人には恋人がいたからな」
「そう、だったんですか」
「真面目で頑固な人でね。おまけに鈍かったのかな。両思いなのになかなか進展しなくてやきもきしながら見ていたよ」
 酷く懐かしそうに団長は話す。子供の頃の話とはいえ団長がそこまで言うとは、少しばかりその人物のことが気になった。
「会ってみるか?」
そんな俺の考えを察したのか、団長はにやりと笑って言った。
「え? いいえ、別に・・・」
「残念ながら話は出来ないが、姿を見るぐらいならできるぞ」
 そう言って、団長は机の一番下の私物を入れている引出しをあける。姿を見るぐらいなら、ということは絵姿か何か持っているのだろうか。何故か少し緊張しながら待っていると、団長は一冊の本を取り出して机に置いた。
「ほら、これだ」
 俺は恐る恐るその本を手に取って、
「・・・これ、『翡翠の騎士』じゃないですか」
「そうだよ。『翡翠の騎士』が私の初恋の人だ」
 団長は再び悪戯が成功した時の子供の様に笑って首肯する。俺はため息をついて、『翡翠の騎士』――正義の女騎士の物語――を返した。
作品名:護国の騎士 作家名:紫苑