コウタと嘉助と浜昼顔
「ああ、お母さん」
ふり向いて答えたコウタの顔を見て、お母さんはびっくりしています。
「まあ、何を泣いてるの?」
でも、お母さんはとてもあわてたようすで、コウタが泣いているわけも聞かず、車のドアを開けながらいいました。
「早く乗って。今携帯に電話がきて、ひいおじいちゃんの容体が急に変わったんですって。もう一度病院に行かなきゃ」
「ええ?」
コウタはおどろきながらも、とっさに浜昼顔の花をつむと、車に乗り込みました。
お母さんといっしょに病室にはいると、おばあちゃんやお父さんはもうきていました。
「コウタ。間に合ったよ。さ、そばにおいで」
おばあちゃんが手招きしました。ひいおじいちゃんはかすかに息があります。コウタはそばに寄って、浜昼顔の花を胸にのせました。
ひいおじいちゃんはわずかに顔をコウタの方に向けて、ほとんど聞こえないような小さなかすれた声でいいました。
「ありがとう」
コウタはひいおじいちゃんの手をにぎり、
「ひいおじいちゃん。ぼくたち友だちだったね。いっぱい遊んで楽しかったよ」
と、涙をこらえて笑いかけました。
ひいおじいちゃんは少し口のはしをあげて、笑ったような顔を見せてからゆっくりと目をとじました。
コウタは学校帰りに、ときどき銀行の駐車場によります。浜昼顔に会うために。
アスファルトのすき間から、いっしょうけんめい顔を出した浜昼顔は、金あみのさくの上の方までつるをのばし、夏になるとかれんな花を咲かせます。
でも、秋になって、たった一輪だけ季節はずれに咲く花こそが、コウタの、そして嘉助のたいせつなケンタの花なのです。
作品名:コウタと嘉助と浜昼顔 作家名:せき あゆみ