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(続)湯西川にて 6~10

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(続)湯西川にて (7)野島崎の灯台


 館山丘陵の起伏を3回ほど越えると、急に視界が開けてきます。
前方を遮るものが突然消え、海岸までなだらかに下っていく斜面の先には
黒く点在をする松林の間から青々と横たわる、太平洋の海面が
望めるようになります。
海面と同じ高さにまで下りきると、そこはもう野島崎の入り口になります。


 野島崎は、房総半島の最南端に位置し、
太平洋に向かって大きく突き出た形をしている、岩礁だらけの台地です。
先端には、白鳥の灯台と呼ばれるている白亜の野島埼灯台がそびえています。
灯台の下は太平洋の波涛が常に砕け散っている、
きわめて険しい岩礁地帯です。
しかし自然環境の厳しいこの一帯は、海女たちによるアワビや
テングサ採取などの一大中心地にもなっています。 


 「ほら、見えてきた。
 これが、君が見たかったという、波の荒い外房の海だ。
 この向こう側はもう外国だ。
 遥か先に有るのは、ハワイとその東にはアメリカの西海岸だ。
 このまま道路を直進すれば、そのまま野島崎の灯台へ出られる。
 どうする、時間はたっぷりあるし。見学に行くかい」

 「また、今度にいたしましょう。
 貴方のその足の様子では、歩くのに苦戦しそうで可哀そうですもの。
 ということは、正面に見える交差点で、左へ進路をとれば、
 白浜の温泉街を抜け、和田町を通ってから、鴨川温泉の
 方面へ行けるわけですね。
 じゃ・・・・灯台へ行くのは、今回はあきらめ、
 二人で海岸沿いのドライブなどを、満喫することにいたしましょう」


 「あれ、やけに地理には詳しいようだ。
 それなり地理の下調べなどは、ちゃんとやっぱり済ませてきたわけだ。
 さすがに君は、すべてにおいて用意周到だ。
 まったくもって如才がない」

 「・・・・それが、そうでもないのよ。
 けっこう日常的に、失敗などを繰り返しています。
 時には取り返しのつかない、致命的なミスなんかも犯しています。
 もうそんなときは、打つ手もあるませんから、ひたすら
 笑顔でごまかしています・・・・うふふ。
 あなたがそんな私の日常の顔に、全く気がついていないだけのお話です」

 「なんだか、気になるなぁ。
 なにか、特別な秘密でも秘めているような君の口ぶりだ。
 君が、奥歯に物が挟まったような言い方をするのは、珍しいことだ。
 湯西川で、何か深刻な事件でも起きているのかな?
 それとも、俺には知られたくない秘密の事でも有るのかな。
 いずれにしても、君の微妙な言い回しが、なぜか気になる」

 「何も知らずに居た方が、幸せなこともあります。
 もともと女という生物は、秘密が多い生き物ですから。
 また、独り身の女が厄介なしきたりの多い花柳界で生きていくためには、
 表と裏を、上手に使い分ける必要などもあります。
 あなたも、本音を言わない女の隠し事なんかに、
 これ以上の興味を持たないで頂戴。
 今は言えませんが、そのうちにきっと白状をしますから・・・・
 たぶん、うふふ。
 あ。ねえねえ、灯台が見えてきた。
 あれが野島崎の灯台かしら。
 白い灯台を見るたびに私は、なぜかいつも「喜びも悲しみも幾歳月」と
 言う古い映画を思い出すの。
 あれって、ここの灯台がモデルなの?」


 「1957年に松竹が制作・公開をした、
 木下恵介監督の映画作品のことだろう。
 たしか・・・・日本各地の辺地に点在をしている灯台を転々としながら
 厳しい駐在生活を送った燈台守夫婦の、戦前から戦後の25年間を描いた、
 感動的な長編ドラマだ。
 たしか、1956年に雑誌に掲載をされた福島県塩屋埼灯台長の
 田中績の妻・きよの手記から題材を得て、木下監督自身が
 脚本を執筆したという話題の映画だ。
 へぇ、古い映画だと言うのに、良く知っているね。君は」


 「失礼しちゃうわねぇ。でも、あなたほど古くはありません。
 私が知っているのは、木下監督自身によって、
 時代の変化を加味したリメイク版の、『新・喜びも悲しみも幾歳月』で、
 1986年に作られた作品のほうです」

 「うん、それも見た。
 やっぱり、そちらの作品も心にしみる名作だった。
 初期の作品で映画のファーストシーンに登場したのは、観音埼灯台だ。
 観音埼灯台(かんのんざきとうだい)は、
 神奈川県横須賀市の三浦半島東端の観音崎に立っている灯台で、
 白色八角形をしている、中型の灯台だ。
 日本の灯台50選に選ばれているし、
 ここの野島崎の灯台の形にも良く似ている。
 俺も最初は、やっぱり君と同じように、ここと勘違いをした・・・・」


 「おいら岬の、灯台守は・・・・
 って歌い出す、あの主題歌も覚えやすくて大好きだわ。
 辺境の灯台を転々としながら、ひたすら愛を育み、子供育てていく夫婦の
 真摯な姿にロマンもさんざん感じたし、ずいぶん涙も流したわ」


 「うん、俺もやっぱり何度も泣いた・・・・たしかに、いい映画だった」