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(続)湯西川にて 6~10

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(続)湯西川にて (6)坂道の上から見えるもの

 俊彦が指をさしたのは、何処までも下っていく一直線の下り坂です。
中央に引かれているセンターラインは、はるか眼下の最下点まで
落ちていった後、再び、次の丘陵の頂点に向かっての
上昇のカーブを描き始めています。

 「車を、停めて」


 ゆるやかに下り始めた坂の途中で、クラウンが停まります。
潮風を含んだ南からやってくる風が、さわさわと鳴らしていく畑の葉は
一面に植えられている枝豆と、落花生です。
落花生(らっかせい)は地中に豆をつくるという、きわめて
ユニークな作物です。
真夏に黄色い花が咲かせた後、子房柄と呼ばれる花の根元が
長く伸びはじめます。
やがてその先端が地面に潜り、土の中で肥大化をして豆をつくります。
一般に、殻つきのものを落花生、殻を割った薄皮の豆を南京豆、
薄皮を剥いた豆はピーナッツと呼ばれています。

 「見渡すかぎりに、枝豆と落花生の青い葉ばかり・・・・
 砂丘のような海辺の丘陵地でも、こんな風に作物たちは育つのね」

 運転席から回り込み、俊彦が座っている助手席のドアを開けた清子が、
海からの風に翻弄されている前髪を、必死になって抑えています。
片手を清子の肩にかけ、もう片方の手を車の屋根に置いた俊彦が、
『よっこらしょ』の気合と共に、座席から立ちあがります。


 「千葉県中央部の八街市(やちまたし)が、
 落花生の生産量では日本一さ。
 このあたり一帯は丘陵地とはいえ、ほとんどが砂ばかりの土地だが、
 それでもなんとか工夫をして、ほとんどの野菜を育てている。
 もっとも、台風の直撃を受けた後などは、樹木などに散水をしなければ
 塩害によって枯れてしまうことなどもある。
 俺がバイクで転んだ時には、やっと双葉が出たばかりの枝豆たちだったが、
 ちょっとの間にずいぶんとしっかり、大きく育ったもんだ・・・・」


 ふらりと傾いた俊彦の上体を、清子があわてて横から支えます。
もともと細身で筋肉質だった俊彦のわき腹が、清子の指には、
骨と皮だけのような感触として、体温と共にしっかりと伝わってきます。
(いやだわ・・・・入院中にまた痩せたのかしら。この人ったら)


 「悪いね。足がまだ言うことをきいてくれなくて。
 左足は完治をしたが、右には刃物の傷が有るために、
 回復が遅れてしまったままだ。
 運悪く所持をしていた包丁が、バイクで転がった瞬間に悪戯をして
 右の足を深く傷をつけてしまった。
 まあ・・・・身から出た錆びとでも言うべきかな」

 「あっきれた。
 なんでバイクに乗るのに、包丁なんか身につけていたの。
 不良の岡本くんならいざしらず、堅気のあなたが
 刃物を身に着けていたなんて、とても私には、信じられません」

 「板前さんは、包丁一本をサラシに巻いて、
 修業の旅に出るのが定めの稼業だ。
 ちょうど、たまたま、そんな心境だったのかもしれないな・・・・
 この下り坂の、ちょうど中間部だ。
 ハンドルを取られて、横に滑って、あのあたりの畑の真ん中まで
 飛ばされちまった。
 安心しろよ。あのあたりだけ運よく、
 まだ落花生が植えられる前だったんだ。
 落花生農家には一切迷惑を、かけていないぜ」


 「ばっか。そういう問題ではないでしょう・・・・
 こんな処で、オートバイで転倒事故なんか起こして、骨折だけで済み、
 生命が助かっただけでも、神様に感謝をすべきかもしれません。
 まったく、岡本さんから一報を受けた時から、
 生きたここちがしませんでした。
 本当は急いで飛んで来たかったけれど、生命に別条はないから、
 退院時まで我慢をしてくれと懇願をされたために、
 あれから、3か月も待たされたんだもの、長すぎます」

 「悪いな。余計な心配をかけて」
 
 「私はいいいけど、泣く人だっているのよ・・・・今のあんたには」

 「え・・・・泣く人が君以外にもいるの?、いったい何の話だ?」

 「ううん。別の独り言よ。
 さあ、行くわよ。風光明媚な野島崎の灯台へ」