Lipstick
You can't hurry love
誰もいないのね
せっかくきれいになったのに…
つかまっちゃう前に公園に行こう〜っと
ハートの雲がういているわ
あのかたち 大好き
雲がわたしを見に来てくれたのかなぁ
みんなにもきれいなわたしを見せてあげなくちゃ♪
公園に向かう女の子の前方には魚屋さんが見えてきた。
魚屋の前には収まりきらない魚の陳列が歩道にまではみ出していて、夕食のおかずを吟味している数人のおばさん達が道をふさいでいた。
「はしっこ歩きなさいよ 」いつも母親に言われていることだった。だけども、これでははしっこもなにも歩けない。道が通れないからと困っていると、魚を選んでいたおばさんが1人、女の子に気づいて親切に道をあけてくれた。
そして口のまわりを真っ赤にしている女の子の顔を見つけると、少々驚いた表情を見せた。
女の子の方はというと、綺麗になっている自分をもっと見てくれないだろうかとウキウキしてきている。たかぶる気持ちがもう抑えきれない。おばさんが自分のことに気づいたのを感じとると、その奇麗に相応しく大きく手を振って行儀良く歩きはじめている。母親が鏡の前で見せるすました顔を真似ておばさんの前を歩いた。その二つを見事に同時につかいこなして魚屋の前を通りすぎてみせた。
女の子はこの作戦が大成功したことの喜びに満たされながら、大好きなアニメの歌を唄ってスキップで公園に向かっていく。
女の子は明らかに周りの景色がいつもとは違っていることを感じていた。空の青も、雲の白も、葉の緑も、ポストの赤も、壁のオレンジも、全ての色はいつもより鮮明で、風景からくっきりと浮かび上がって鮮やかにきらめいている。お日さまの照りつける優しい光は、街中に薄い水のヴェールを降りそそぐ様にすべての埃を洗い流して彩りを着せかえた。あたりは輝く世界に生まれ変わっている。
もうすぐ ミカさんち
玄関には シロ がいるわ
シロは テレビでみた動物に似ているのよ
でも紙はたべないんだよ
あげても食べなかったもん
わたしをみると オハヨ〜って吠えてくれるの
そのあと かならずとびついてくる
今日はダメよ
リボンの服をきてるんだから
シロは犬小屋で ねてるんじゃないかなぁ
ホラね
やっぱり
いまのうちに
そ〜っと…
見つからないように…
あっ
シロ♪
ねててもいいよ♪
小さな小屋から
おっきな顔をのぞかせて
やっぱり 出てきちゃったの
シッポをふりだしたら
いけないよぉ
じゃれてくる合図なんだから
シロにもちょっとは きれい わかるのかしら
シロ… わたし きれい?
どう
今日はおとなしいね
だいすき
バイバ〜イ♪
シロの前を澄まし顔で行進すると、唄いながら公園に向かった。
この時刻なら、そこには幼稚園の友達がいる筈だから。いつもと違う自分を見たら、みんなはどれほど驚くのだろう。そう思うと足取りも軽やかになっていった。どんなにスキップを続けていても、ちっとも疲れはしなかった。まるで背中に翼が生えたみたいに、きらきらと輝く景色を追い抜きながら、そのたびに次々と現れる新しい景色に夢中になって両手でいっぱい羽ばたいた。