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七ケ島 鏡一
七ケ島 鏡一
novelistID. 44756
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グランボルカ戦記 4 父と子、母と子

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 家から少し離れた小川のほとりに座り、父の横で釣り糸をたれながら、レオはしきりに父の様子を伺っていた。
「んだよ。チラチラこっち見てないで、なんか言いたいことがあるならはっきり言えって。」
「いや、言いたいことは山ほどあるんだけど・・・とりあえずなんでアンタがここに居るんだ?」
「自分の家に帰ってくるのがそんなにおかしいことか?つか、実は5年前に出ていってからも結構ちょくちょく帰ってきてたんだぜ。たまたまお前とは鉢合わせなかったけどな。」
「ふーん・・・でもあんたはこの世界がどうなってもいいんだろ?だったら、母さんのことだって別になんとも思ってないってことじゃないのか?なのに、ここに帰ってきて母さんと昔みたいなやり取りをしている。あれの意味がわからない。」
「それは誤解が混じっているな。別に俺はテオ・・・バルタザールの奴に付き合ってこの世界を終わらせるつもりなんて毛頭ないぜ。俺はリィナもこの世界も愛しちゃっているからな。」
「じゃあ、なんでバルタザールの下に居るんだよ。その気がないならアレクの奴について一緒に戦ってくれればいいだろ。いや、むしろアンタの魔法ならバルタザールの首を取ることだって出来るはずだ。」
「うーん・・・まあなあ。」
 ランドールはそう言って一度竿を上げ、餌を付け直して再び川面へと投げ入れた。
「今俺がやっているのは釣りみたいなもんかな。バルタザールを餌にして、釣りをしている。そんな感じだな。」
「何をのんきに言っているんだよ。アンタにその気がなくたって、エドとリュリュが手に入れば、バルタザールの奴は今日にでも冥界の扉を開くぞ。そうしたらこの世界はおしまいだろ。何を待っているのか知らないけど、そんな状況で悠長に釣りだなんて言っている余裕はねえだろ。」
 ランドールに掴みかからんばかりの勢いで立ち上がるレオの気配に驚いて、水面から見えていた魚影がパっと蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
「あー!・・・魚いなくなっちまったじゃねえか。いいからとりあえず座れ。」
「俺は釣りなんて悠長なことやっている暇は―」
「いいから座れ。魚釣れなかったらリィナにまた雷落とされるぞ。」
「・・・・・・。」
 有無を言わせない強い口調で言われ、レオは渋々元の位置に座った。
「逆に聞こうか。お前はこの世界を守りたいと思ってるのに、なんで鍵を壊さない?鍵を壊しちまえば少なくとも今以上に冥界への扉が開くことはない。お前の能力なら簡単なことだろう。別に2つの鍵を壊す必要はない。どちらかを壊せばいいだけの話だ。エーデルガルドかリュリュ。どっちでもいいから殺せばいいだろう。なのに何故お前たちは誰一人としてそれをしない?」
「・・・誰一人としてしないわけじゃねえよ。バルタザールの目的が明るみに出てから、あいつらは毎日のように刺客に狙われてる。どっかに親父と同じような意見のやつがいるんだろうな。何回か刺客を捕まえたことがあるけど、奴ら『世界のために』とかほざいて口ん中に仕込んだ毒で勝手に死にやがる。そのせいで裏に居るのが組織なのか、個人なのか、それさえも掴めねえ。リュリュはあんなにちっちゃいのに、何度もそんな場面を見てるんだ。・・・あの子、毎回毎回死んだ刺客に謝りながら泣くんだぜ?自分勝手な刺客のためにさ。それでも自分が死んだら扉を閉じられないからって歯を食いしばって生きてるんだ。そんな子を殺す?冗談じゃねえ。エドだってそうだ。目の前で殺される両親を見て、仇も討てずに逃げ出して。リュリュと同じように、自分が死んだら扉が閉じられないからって必死に生きてきたのに、そんなあいつの事情を何も考えない、目の前の事だけで一杯一杯になっている奴らに狙われて!街を歩いていて突然物を投げけられて罵声を浴びても、泣き出しそうな笑顔で謝って。・・・正直な、俺はあの二人を殺したり、これ以上つらい思いをさせてまでこの世界を続けなきゃいけないのかって思ってる所もあるんだよ。もちろんソフィアや周りの人間が死んだり苦しんだりするのは嫌だよ。でもな、あの二人がいなくていいなんていう世界、俺は絶対に・・・」
「オーケー、分かった。その先は言うな。それは言っちゃ駄目だ。少なくともお前は今、世界を救おうって立場にいるんだからな。」
「・・・・・・。」
 ランドールに止められて、レオが口をつぐむ。
「悪かったな、変なこと言わせて。・・・まあ、俺とエリザベスも似たようなもんだ。お前たちにはバルタザールの奴が私利私欲の為に動いてるように見えるだろう。いや、実際の所、最初はそうだったんだよ。だから俺とエリザベスはあいつを殺すつもりだった。でもあいつはあいつの戦いをしていたんだ。それを見たらさ、殺せなくなっちまった。」
 そう言ってランドールは頭を掻きながらため息をついた。
「皇帝の戦いって、何だよ。」
「・・・あいつは、シモーヌを愛してた。愛しすぎていた。だからリュリュが生まれて彼女が死んだ時、心に闇が生まれて、その闇につけこまれたんだよ。それであいつはリシエールを攻め滅ぼした。あいつが正気に戻ったのはエーデルガルドとリュリュを使って扉を開く寸前だったらしい。そして正気に戻ったあいつはエーデルガルドを見逃した。」
「見逃した?ヘクトールのおっさんは自力でエドを助けて逃げたんじゃないのか?」
「見逃したんだよ。あいつが本気だったなら、ヘクトールを殺すなんてのはわけなかったはずだからな。で、わざと指示を遅らせてエーデルガルド捜索の命令をだした。そしてリシエールに遷都して引きこもると、リュリュを自分の元から離れたアミサガンに移したんだ。」
「でもそんな面倒なことをしなくても、反省していてエドやリュリュに申し訳ないと思ってるなら、冥界への扉を開くのをやめて、自分で死ぬなり、親父やエリザベスさんに殺してもらうなりすれば終わる話だろ。」
「ところが話はそう簡単じゃない。お前は知らないかもしれないけれどな、通常、グランボルカ帝国の皇帝ってのは即位してから30年は死ねないんだよ。」
「いや、だからそんな決まりごとなんて・・・。」
「決まりごとじゃなくて、物理的に死ねないんだ。いや、それも少し違うか。殺すことは可能だ。本人が死を受け入れればな。ただ、本人が死を望まない場合は、グランボルカ皇家が太古にかわした不死鳥との契約によって復活することができるんだ。実は俺とエリザベスは何度かアイツを殺している。殺した後で、あいつじゃない何かが体を乗っ取るのを見た。そしてそれを見て、その何かがすべての原因だと悟ったんだ。だからそれも殺した。それでもやっぱりそれは復活しちまう。俺とエリザベスが数えるのも嫌になるくらい何度も何度もあいつを殺し尽くした時、何とかバルタザールの意識が顔を出したんだ。そして俺たちは不死鳥の事と、何か得体のしれないものがあいつの体の中にいるって事を聞いた。その得体の知れない物共々あいつを殺すには、先に皇家の不死鳥を、皇位継承権のある、アレクシスなりリュリュなりに譲る必要がある。だから俺達はその時を待ってるんだ。」
 ランドールはそこまで話し終えると、ポケットから紙巻たばこを取り出してマッチで火をつけた。