黒髪
ゆりは寄付金集めに奔走していた。県内だけでは目標額に届きそうにないので、隣接県にも足を向けた。TAプレスの会社に車を停めた。駐車場には30台くらいの車が駐車していた。従業員の車で有る事は直ぐに判断できた。事務室で名刺を差し出したが、応対した事務員は仕事関係で無いと解ると、にこやかな表情から険しい顔に変わった。
「社長は忙しいですから、面会は無理です」
明らかに物乞いに来た者を追い払う態度であった。
「ではお名刺だけでも頂戴できませんか」
事務員はすぐにでも出て行ってもらいたかった様に、名刺を渡してくれた。
ゆりは車に戻り、名刺を見ると多田明と書かれていることに、何かの巡り合わせの様に感じた。ゆりは迷わず明の携帯に電話した。
「ゆりです。ご無沙汰しておりますが、お願いがあってお会いしたいのですが・・偶然に会社に来ているのです」
「そう、駐車場だね。そこで待っていて」
間もなく先ほどの事務員が怪訝そうな顔をしながら
「応接間にご案内いたします」
と声をかけた。
「27歳になるのか。苦労しているな。失礼かもしれないが白髪が見える」
「本当に偶然なんです。カサブランカ基金の寄付が集まらなくて」
「無理だと解っているのにその無理を君はするんだから、頭が下がる」
「愛人契約して頂きたいのです」
「今度は幾らかな」
「一区切りつけるまでは頑張りたいのです。40人の子供を援助したいです。それには8000万円必要なんですが、あと6500万円あれば何とか・・」
「おい、それではこの会社は倒産してしまうかもしれないよ」
「1度でなくていいんです。あと5年間のうちでいいんです。今年が1500万円。翌年は2000万円。次は1500万円。1000万円、500万円でお願いします」
「簡単に言うよな」
「私にはそれだけの値打ちがあります」
「君は若くて綺麗だ」
「お世辞でしょう。白髪が有るって言ったでしょう。私の価値は生命保険です。同棲の事実があれば生命保険は下りるはずですから、受取人明さんで1億円加入して下さい。明さんがお金が必要になればいつでも自殺しますから」
「それは脅迫だよ」
「君には負けたよ。愛人契約を交わそう」
「出来るだけご負担はおかけしないように活動頑張ります」
「自分を犠牲にしなくていいだろう。若いのだもの人生楽しんだら」
「私には今が楽しいのです。それに私の気持を理解してくれる明さんと愛人契約できるのですからね」
「愛人だったら化粧ぐらいしてくれよ。髪も黒く染めて欲しい」
明はゆりにクレジットカードを渡した。
「300万円までなら直ぐに引き出せる。暗証番号はこれだから」
明はゆりの気持ちに惚れた。援助した学生たちのなかで1人でも明の会社に入社してくれないかと心待ちにもしていた。
玄関から出て行くゆりの笑顔は、金では買えないものだと明は感じながら嬉しさを感じた。人を愛するとはこうゆう感じ方もあるのかもしれない。そんな気持ちを感じながらゆりのうしろ姿を観ていた。