黒髪
ゆりの計画では、10人の子たちに毎年援助し、2年目に1000万円、3年目に1500万円4年目で2000万円あればどうにかなる計算であった。クラブの方で何とか1年間で300万円くらいの寄付が集まった。後は企業からの寄付を今年は1200万円くらい集めればよいのだが、なかなか理解が得られなかった。
既に20人の子たちを援助し、2カ月あとにはさらに10人の子たちに援助するつもりであった。ところが、カサブランカ基金の事務員が基金の大半を持ち逃げしてしまった。その額は700万円近くで有る。3年目には1500万円必要になる。内定している子たちを取りやめにしても、20人分の1000万円はどうにかしなくてはならなかった。店の方で何とかなる金は2~300万円位である。
ゆりは多田明の事が頭に浮かんだ。彼とは既に1年半ほど会う事は無かった。ゆりが裂けた訳ではない。明は変装して店に来て以来音沙汰なしであった。携帯に電話もする事は出来たが、ゆりは明の方から来るのを待っていた。明への愛情は無いと言えば嘘になるがその資格は無いと思っていた。明が身体を求めてくれば、その行為はいつでも受け入れるつもりであった。ゆりにとってそれは1人の援助者に過ぎないからである。
持ち逃げをした事務員を訴える気にもならないゆりであった。事務員にはそれなりの事情があるのだろう。訴えた所で金は戻らないと思っていた。
ゆりの両親は交通事故で即死した。ゆりが小学3年生の時であった。ゆりは学校にいたので無事であった。父親は医師、母は看護師で有り往診の途中であった。ゆりは母の兄に預けられ、2億円ほどの賠償金もその兄に管理されていた。父親に兄弟はいなかったが、祖父が良く言っていたのは『勉強して大学に行きなさい。お金は心配ないから』の言葉であった。ゆりは大学進学を前に叔父に告げられた。
「大学はアルバイトをして行きなさい」
交通事故死で有ればどのくらいの賠償金が入ったかはゆりでも計算できた。
叔父を訴えた所でどうにもならない気がした。その時の気持ちと今のゆりの気持ちは同じであった。誰も悪くは無い。その人が金を必要としていただけなのだ。どんな方法でも自分の目的を果たそう。ゆりはその時から自分にそう決心していた。
監査が入る前に何とか700万円を都合つけなければならなかった。直ぐにできる事は店の権利を売る事であった。店自体は繁盛していたので、ホステス5名もそのままと言う約束で1200万円で契約を交わした。
ゆりは迷っていた。内定した子等に援助してしまえば、在学している子の援助が出来なくなるかもしれないからだ。店の寄付が全く入らなければ、1500万円すべて寄付を集めることになる。
ゆりはボランテァの人たちと会社を回った。1000円でもその寄付金は眩しいほどのありがたさを感じた。化粧を忘れ、ゆりの黒髪に白い髪が見え始めた。