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凍てつく虚空

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現代の教育が抱えた闇だとか、残虐殺人の山荘だとか、まるで本物のミステリのようだとか、まぁ安っぽい謳い文句だなとしか思わなかった。
2週間もすれば熱は引いていき、一ヶ月もすれば過去の産物だ。もうだれもあの事件のことを気にも止めようとしない。
手元の携帯でインターネットのサイトを一通り見て、自分は顔を上げた。


郊外の寂れた公園だった。
滑り台に、砂場に、ベンチに、申し訳程度の噴水がちょこんと置いてあるだけの質素な公園。
そこに僕はいた。
ペンキの剥がれたベンチに腰を下ろす。事件が終わって一ヶ月といってもまだ2月。カラカラに乾燥しきった寒風が頬に当たる。妙に底冷えがした。
こんな公園に遊びに来るもの好きもいない。
子供は風の子、ねぇ。


独り言をつぶやいていると、向こうから一人の来客があった。
こんな寂れた公園にやってくるもの好きはいない、いるとすれば待ち合わせをした場合だけだ。

「早いね」

鷹梨だった。山荘の事件以来でこれまた一ヶ月ぶりだった。
大きめなダッフルコートに、髪の毛を後ろでまとめてしばっている。風の吹くたびに棚引いていて少し邪魔そうだった。

「暇なんだよ。特に無気力学生はね」

「卒論の研究は?」

「頓挫中。教授からも呆れられてる状態だね。そっちこそ劇団は?」

「ほとんど解散に近い状態だよ。メンバーがあんな状態だもん」

自虐的な笑しかなかった。
鷹梨は無言で隣に座る。
デートでもなければ、山荘事件の推理の感想戦でもない。

鷹梨はカバンから冊子を取り出す。原稿用紙をただ大きなゼムクリップで止めただけのものだ。しかし枚数自体は多いようで数百枚はあるように見えた。

「はいこれ。黒川影夫さんの最後の作品。まだ下書きだけど一応完結はしてるわ。字の汚さを我慢すれば読めると思う」

「サンクス。これはどこに?」

「田子さんの荷物の中にあったそうよ。理緒からちょっと拝借したの。勿論本物じゃないわよ、コピーね、コピー」

「理緒・・・、あぁ、親が警察だったて子か。納得納得」

原稿用紙の一番には『凍てつく虚空』と書かれていた。
ゆっくりとページをめくる。次のページ次のページと指が動いていく。
これを読んでいる時は風の冷たさなど全く気にならなかった。
一時間だっただろうか、二時間だっただろうか、それともほんの数十分だけだっただろうか。
紙面から目を上げた。横に首を曲げれば、心配そうにこちらを伺う鷹梨がいた。

「どう?」

どう、というのは今読んだ黒川影夫の遺作の内容のことであろう。ゆっくりとかぶりを振った。

「どうもこうもないね。この作品は、とある雪深い山中のとある推理作家の山荘。そこに迷い込んだ、女子大生のサークルメンバー。
遭難しかけたところに山荘を見つけ命からがら逃げ込んだは良いものの、正体不明の連続殺人事件が起こる。密室殺人、毒殺、アリバイ工作、そして謎のダイイングメッセージ。
皆が疑心暗鬼になっていることに現れる青年探偵。そして犯人の正体は・・・」

「毒殺で殺された女の子」

「できすぎてるねぇ・・・。今回の僕たちの事件とまるっきり一緒じゃないか。違う点といえば、女子大生のサークルじゃなくって小さな劇団員であり、青年探偵じゃなくって無気力学生」

「青年探偵は、ある意味正解じゃない?」

僕はふん、と鼻白ばんだ。
とにかく僕が思ったことは、今回自分たちが経験した連続殺人と全くと言っていいほど酷似した作品であったことだ。
今回の作品は他の作品と比べ、いやに平凡だった。設定から状況からストーリーから全て凡庸だ。
だがしかし、それらを全て凡庸の一言で片付けるわけにも行かない。
黒川影夫氏がなくなったのは今から5年ほど前、5年前に5年後に起こる殺人事件を予告したというのか?
いや、それはないだろう。
黒川氏は推理作家であり、決して予言しではなかった。だとすれば・・・

「田子さんが、真似をしたんだ。これを読んで」

「やっぱりそう考えるしかないよね」

鷹梨も一足先にこれを読んで、自分と同じ結論に達したのだろう。
それで納得がいった。田子さんが最期の最期に、『予想』『予言』という言葉を用いたのがなんとなく分かった。
そう思える程に、この作品の存在は異質だったのだ。

「でも、なんで田子さんはこの作品の真似をしたんだろう。確かに、自分の祖父の作品かもしれないけど」

「・・・」

自分は答えない

「最後の作品かもしれないけど、それでも実際に自分で殺人事件を起こすなんて・・・」

「自分が殺したからだろ」

その言葉に鷹梨ははっとしたようだった。

「田子さんが自分の祖父、黒川影夫氏を殺してしまった。最後の作品が世に出てしまう前に、その作者を殺してしまった。だから自分はその償いとして作品で出てきた設定そのものを真似して実際に事件を起こした。ある種の弔いかな。
黒川氏が亡くなったのが、今から4年前。そして田子さん本人が自殺未遂をしたのが4年前。見事に合致している。自分の祖父が亡くなった同じ時期に自殺を図ろうとしている。
これは偶然じゃないと思ってる。田子さんが黒川氏の死に関係している、そしてそのことを悔いて田子さんは自殺しようとしたんじゃないかな」

「田子さんが殺したってこと?」

「明確な殺意があったとは言ってないよ。おそらくは偶発的なものだったんだろう。黒川氏は心臓に生まれつき持病を抱えていた。発作が頻繁に起こり、その常備薬もあったはず。田子さんはそれを持ち出したんだ。
ここからは僕の空想の世界でしかない、それを承知で聞いて欲しい。
田子さんは当時、両親から勘当状態であった。両親の教育方針に反発したのか、勝手に家出をした状態だったのか、それは分からない。ただ問題の4年ほど前は劇団でお世話になっているから、その段階では両親とは疎遠状態だったんだろう。
しかし祖父、つまりは黒川氏とは仲がよく繋がっていた。例の山荘にも遊びに行ったんじゃないかな。両親なしで祖父と2人きりなんかで。
祖父は書斎で執筆活動に勤しんでいるとき、たまたま田子さんがその書斎を覗いた。書斎に祖父はいるが、仕事中で手が離せない。ひとしきり部屋の中を見て回ったら、ふとあるものが目に付いた。小瓶に入った錠剤だ。
恐らく心臓病の薬だったんだろう、それを黒川氏は棚の上に置いていた。そして田子さんはそれを見つけた。
錠剤の中には飲みやすくするため、表面を甘い素材をコーティングしているものもある、俗に言う糖衣錠のことだ。田子さんはそれを薬と思わずに、お菓子だと思った。それを持ち出した。
それを持ち出したことも忘れて、寝入ったか何かをしたんだろう。目を覚ましてみれば、持病の発作で倒れている祖父を見つける。そこで初めて自分が持ち出したものが祖父の薬であることを知った。
田子さんは怖くなり、その場から逃げ出した。季節が冬でなければ、走って麓の村まで逃げた。両親はそもそも自分の子供がこっそり祖父の山荘を訪れていることは知らないだろうし、連絡がないから心配して言ったら、既に事切れている黒川氏を発見した。
そこにはあるはずの持病の薬はない。なぜなら田子さんが持ち出してそのまま逃げたから。
作品名:凍てつく虚空 作家名:星屑の仔