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凍てつく虚空

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襲われた猪井田さんは犯人の顔を見ています。そして皆さんが駆けつけてくれたとき、その犯人が周りにいないということも知っていた。ではこのとき、猪井田さんはわざわざ遠まわしなメッセージを我々に贈るでしょうか。」

「それが私の名前ってわけね」

「そうです。猪井田さんは最後の最後まで『田子・タゴ』と言いたかったんです。それを自分の息が続く間、ずっと口にしていました。我々に『田子藍那が犯人だ。田子だ』と言いたかったんでしょう。しかし不運が訪れた。
猪井田さんが刺されたのが、ちょうど鳩尾のすぐ下、横隔膜の辺りの位置でした。横隔膜は肺を動かす筋肉。これが傷つき動かせないと、肺自体が動くことができません、肺が動かないとなると、呼吸そのものができません。
非常に苦痛な酸欠状態の中で、猪井田さんは『タゴ! タゴ!』と言い続けた。しかしそれを聞いていた我々は、『T・A・G・O』のうち、子音の『T』と『G』が聞こえなくなり『A・O』とだけ聞こえたんです。
我々が『アオって何ですか!?』と問いかけても猪井田さんは困惑したはずだ。『アオなんか言ってない。タゴだ!』と言いたかったはずだ。しかしその言葉が届くはずもなく、そのまま息を引き取った。という事になります」

その後、鷹見くんは何も喋らなかった。
ただ目の前の田子さんの動きを見ているようだった。田子さんも田子さんで、特に動き出す様子もなく、逃げ出す姿勢も見せず、ただ座っているだけだ。
あぁ、雪が優しく積もっていく。

「推理ショーは終わり?」

「一応。何かご不満でも」

「そうね、特にないわ。あなたが言ったことは大体あっている。ま、最後の猪井田さんが横隔膜を損傷したってのは、勿論偶然じゃなくて意図的だけどね。人体のどこに横隔膜があって、その横隔膜をどのくらい損傷すればどのくらい言語行動に
支障が出るか、母音は喋れても子音は喋られなくなる、っていうのは理解してたし。あとは合ってるわ」

「ありがたきお言葉です。では犯行を認められるんですね」

「ん? あぁ、認めるよ。そうだよ、私だよ。私が4人を、私自身を入れたら5人を殺害した本人だよ。完璧な計画だと思ったんだけどね。やっぱりばれちゃうのか。
何でだろう。これでもいろいろ我慢したんだよ。拳銃を調達するにもアシが付いちゃいけないし、白岡さんや舞ちゃんも瞳も、言うこと聞かせなくちゃいけないし。プレハブ小屋だって、血の匂いが無いわけじゃないからね。これも我慢するのに苦労した。
ううん、でもなんだろうな。一番の敗因は・・・。やっぱり、君、鷹見君だっけ、君を生かしておいたことかな。なんか飄々として掴みどころがないし、それに何を考えているか喋ってさえくれない。実態もつかめないから、
リスクは最小限、って思ったのがそもそもの間違いだったね」

「よく言われます」

「最期に聞かせて、いつ私が怪しいって思ったの?」

「最初から」

「嘘」

「えぇ、嘘です」

「本当は?」

「本当はもっと後です。つい最近です。猪井田さんの遺体をプレハブ小屋に運んだ時です」

「あれ、あの時バレたの。おかしいな、ちゃんとした死体役で動かなかったはずだけど」

「えぇ。あの時は自分も騙されましたよ。てっきり自分もすべて本物の遺体だと思ってました。流石は役者です、こちらも完全に騙されました。でもそれ以外のものは正直でした」

「それ以外のもの? まさか瞳や舞が喋ったかい?」

「いえ、僕が目についたのは『氷柱(つらら)』です」

「『氷柱』・・・・・、あぁなるほど、そういうことか」

「氷柱は、寒い地方、雪の降る地方にできます。でもあれ、寒い地方ならどこでもできる訳ではありません。屋根の上に積もった雪が何らかの熱で一度溶け、その後再び冷えて固まらなくては氷柱はできません。
あの時、プレハブ小屋は氷柱ができていました。このとき思いました。『プレハブ小屋の中で何か熱源が存在しない限り氷柱はできない』はずだと」

「はっはそうか。私は死体役を演じているだけで実は生きている、だからその生命活動を維持するために点けていた小さな暖房器具のせいで氷柱ができたって訳か」

「そうなりますね。小屋の中は息を引き取った遺体だけのはずなのに氷柱ができていた。誰かが暖房器具を作動させたってことです。そこで初めて全ての点と点がつながりました。中に生きた人間がいると」

「・・・・・・そっか」

田子さんは天を仰いだ。
何を見つめているのか、私には分からなかった。

「どっちにしろ、私の役目はこれで終わり。役目を終えたピエロはこのまま舞台を去るとしましょう」

「役目?」

「どのみち、私はこのままみんなと一緒に帰るつもりはなかったわ。あなたが現れようとそうでなかろうと。でも予想と言うか予言というか、あなたが現れた」

「はい?」

「全てが終わったら、全てにけりをつけるはずだった。だからこれで終わり」

「?、何を言ってるんですか」

「最期に問題」

「?」

「この山荘で、皆の前で、田子藍那はどんな死に方をした?」

どんな死に方?
何を言ってるんだ?
そう疑問が頭に沸いた時だった。

カリッ!

田子さんが何かをかんだ。
口に仕込んでいた何かを、思いっきり噛み砕いた。
その時だ。

田子さんは首元を抑えて、倒れこんだ。
足を見苦しいくらいにばたつかせ、奇人のように暴れまわる。
最初、何がなんだか分からなかった。
皆が見つめる中、自らをピエロと名乗った人物は、そのまま動かなくなった。






*  *  *





救助隊が山荘に到着したのは、それから半日後だった。
雪風ではない、人工的な風が山荘を覆った。それとともに、地鳴りのような爆音も。それがヘリのプロペラ音と気づいたのはすぐのことだった。
ドアを乱暴にノックする音が聞こえたかと思えば、大柄でヘルメットをかぶった救助員が何人も押しかけた。
皆、大丈夫ですか、けが人は、しか聞いてこなかった。
昨夜の猪井田さんの携帯で、麓の村に殺人事件が起こったことは、承知済みだった。
表のプレハブ小屋に案内し、まとめて置かれていた遺体を運搬していった。
山荘に残っていたメンバーは皆、検査入院ということで、その数時間後には大学病院に担ぎ込まれた。

皆、体調不良や精神的ショックということで1〜2日ほどの入院生活を余儀なくされた。
特に鷹梨は元々体調不良だったのが悪化したということで、さらに長く一週間の入院だと聞かされた。

自分は自分で、卒論の研究が一向に進むこともなく、教授にまた叱責を受けるな、とぼやいていた。
もしかしたら留年かな、まぁそれはそれで学生生活が一年延長されたんだから、良いっちゃ良い。
学生生活が終われば社会人生活に入る。それはそれで夢見る時間すら奪われる。すでに卒業した過去の同級生を見ればそれは火を見るより明らかだ。
今回の夢のような事件の余韻を一年間楽しもう。それだけで旨い酒が飲めそうだ。
そんなことしか考えていなかった。

事件が終焉を迎えてから、一ヶ月が経過した。
当初は連日連夜ニュースやワイドショーが例の事件を熱っぽく語っていた。
作品名:凍てつく虚空 作家名:星屑の仔